見出し画像

長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』63

8、暗闇からの明転

ヤナガは会議室に入るなり、目を疑った。

「セイン殿下…! だめでございます、
お休みになっていなければ!」

彼の受け持ちの患者、
第一王子セインが、椅子に座って
彼を待っていたからである。

セインは軽く片手を上げて、
お付きの医師の諫言を制した。

「今日は気分が良いのだ。
少し話すくらいならば、大丈夫である」

「セイン殿下は
こうおっしゃっておられる。
ヤナガ、早く席に着け!」

そう促したのは、ヤナガの父親、
大臣ドッゼ・ウナベスだった。
この親子、慣れ合っていると
言われるのを嫌って、
宮殿内の人目のある所では
ほとんど会話を交わさない。

ウナベスの隣に座っている男も、
軽くうなずく。
こちらは「小さな大将軍」こと、
ドン・コブリ。

ウナベスとコブリ。
大臣と大将軍。巨漢と小柄。
彼らがセインの左右に座っている。
盟王を除けば、この国の中枢を
担っている大幹部たちだ。

しかし、ヤナガはその後ろ、
壁際の老人に
視線を吸い寄せられていた。
ココロン姫の元教育係、
マース・チャンバ卿…!

セインが椅子に座ると、
コブリが口火を切った。
机の上には、地図が広げられている。
チャンバは腕組みをしたままで、
黙って彼らの会話を聞いている。

「南のダマクワスで、反乱が起きている。
北のピノグリア大公国も
何かと騒がしいようだ。
大公は姿を現さず、
王子のリーブル殿下が代行を務めている。
詳細はわからぬが、
ボジョンヌやカベルーネでも事件が起こった、
と知らせが入っている」

武人らしく、簡潔に状況を説明していく。

「ヤナガ。卿はどう思うか?
意見を述べてみよ」

大将軍に聞かれたヤナガは、
少し考えると、簡潔に答えた。

「陽動でしょう。
それしか考えられませぬ。
西のアルバボン、東のガリカシスに、
隙を見せないほうが良い。
もし少しでも隙を見せれば、
首都を占領しよう、と動くかもしれない。

外で騒ぎを起こし、
中に隙を生む謀略です。
ここはじっと動かず、
首都の警備を強化し、守りを
固めるほうが良い、と私は考えます」

ここで、父親のウナベスが、
息子の見立てに反論した。

「アルバボンとガリカシスが動く、だと?
クランべ王子、マオチャ姫が
それぞれの都市にいらっしゃるのだ。
婚姻関係を結んでいる市長たちが、
盟王陛下に逆らうとでも?」

じろりと見返して、彼は
あえて仰々しく、役職名で父親を呼ぶ。

「ウナベス大臣閣下…。
それが表面的な服従であることは、
閣下が何よりもおわかりでしょうに。
むしろ、盟王陛下の次の世代は
我らが担う、と市長たちは
野望を燃えたぎらせているに違いない。

政略結婚は結びつきを深める反面、
良い手駒を相手に渡すようなもの」

「…控えよ、ヤナガ!
セイン殿下の御前であるぞ!」

息子の不敬な発言を、父親が制した。
いくらお付きの医師とは言え、
セインの前で、彼のきょうだいを
「手駒」呼ばわりするのは、
臣下として行き過ぎている。

「よい…」

セインが、大臣を押しとどめた。
病身の王子は、医師に向き合った。

「ふん、相変わらずの度胸だな、ヤナガ。
私なぞの世話ばかり
させておくには、惜しい」

「恐れ入ります。
では、その度胸をもって、
あえて皆様にお聞きいたしますが…」

皆様、という言葉には、
壁際のチャンバも含めたつもりである。

「盟王陛下は、なぜ
姿を現していただけないのでしょうか?
お得意の単独行、おしのびで、
どこにいらっしゃっているのでしょうか?

平時ならばともかく、
このような事態においては、
どっかりと玉座に腰を据えて、我々を
直接、指揮するべきではないのですか?」

ウナベスは顔を赤くする。
コブリは眉をひそめた。
セインは無表情。
チャンバは聞いているのか
とぼけているのか、真意が全く読めない。

「私の暴言をお許しください。
若い者たちの間では、
盟王陛下は別にいらっしゃらなくても
良いのではないか、と思っている輩も
増えてきております。
皆様には、なかなか
届きにくい声だと思いますがね。

大臣閣下と大将軍閣下が、
しっかりと文官・武官を
抑えられているがゆえに、
陛下はそれに甘えて、好き放題に
遊んでいるのではございませんか?」

ウナベスが怒声を上げる前に、
セインが抑揚のない声で言った。

「ふむ、なかなかに
言うではないか、ヤナガ。
…その暴言、父上への忠誠が
特に厚い将軍たちが聞いたら、
お前、串刺しにされるかもしれぬぞ?」

「これくらいで串刺しにされる国なら、
滅びたほうがましです。
第一、盟王陛下はこのくらいの意見で
ご立腹される方ではございませぬ。

あのお方は、この国を
作り変えようとされておられる。
北の国と合併して、新しい帝国をつくる。
今まで既得権益をむさぼっていた者たちから、
怨嗟の声が上がりましょう。
その声を一身に受け止めて、
懐柔するなり断罪するなり、
矢面に立って行動していくのが
王者の務めだと、私は思っております」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

次回はこちら↓

前回はこちら↓

よろしければサポートいただけますと、とても嬉しいです。クリエイター活動のために使わせていただきます!