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「両面式・膝枕」ヒスイの #膝枕リレー 朗読付き!

 ここにいない女の配達物を受け取るのは、違法か? つまり彼女の願望を受け取ることは。


俺はインターホンの画面を見た。宅配業者が映っている。手の汚れを洗い流しながら三秒考えて、答えた。

「今、行きます」

黒いタオルで手をふき、玄関に向かう。
亡き祖父母から受け継いだ家は田舎の一軒家で、座敷から玄関へ行くまでに広い土間を通る。途中で自在鉤の動きを止めて土間のシミを踏み消し、玄関を開けた。

配達員が鼻をひくひくさせた。
「えーと。江口美香(えぐちみか)さんにお荷物です」

俺は美香から預かっている『江口』の印を押す。
大きい段ボール箱を受け取ると配達員はまた鼻をひくつかせてから、車に乗った。まだ回るところがあるんだろう。このあたりは過疎で家と家とが離れている。配達も楽じゃない。

玄関を閉め、土間からつながる小さな氷室の入口も足でしっかり閉めて座敷にあがった。送り状の品名は『膝枕』。
――枕? 美香は寝つきがいい女だ。枕なんかいらない。
座敷の隅に箱を置いたとき、ふっと美香のにおいがした。
理不尽だ。あまりにも理不尽だ。状態が変わり、美香はもうここにいないのに。
彼女のにおいと体温は、まだ近くに残っている――。



美香とは一年前に出会った。俺は料理人で、彼女はバイト。
おとなしい女で、俺がこの家を相続したとき一緒に引っ越してきた。結婚するつもりだったから徹底的にリフォームした。Wi-Fiをつなぎ、巨大なシステムキッチンを入れ、ふたりで幸せになるはずだった。

美香の様子がおかしい、と気づいたのは二カ月ほど前だ。
流行病のせいで料理人は長期休業。自宅にいる時間が長くなったからわかった。美香は俺に隠れてパソコンで誰かと話している。

その日、彼女が部屋に入ったとき、そっと廊下に立った。部屋と廊下の区切りは障子だ。会話は簡単に聞ける。若い男の声がした。
『——決心がつきましたか』
『はい。貴方のおっしゃるように』

美香の白い耳たぶが、長い髪の隙間でかたむくのが見えるようだった。男は調子よく、
『では一週間後に』
『はい。あの』
美香が言った。
『あの、太もものホクロ……』
『覚えていますよ。チャームポイントですからね』

俺は嫉妬で目がくらんだ。
ホクロ――美香の右太もも付け根には、大きなホクロがある。場所が場所だから知っている男は少ない。
俺はよく知っている。そしてパソコンの向こうにいる男も――。

勢いよく障子をひき開けた。美香が驚いて俺を見る。白い頬が紅潮しているのを見た瞬間、意識が飛んだ。
美香をせめたてた。
一週間後、彼女はいってしまった。



荷物を受け取ってから二週間。俺の休みは続き、キッチンや土間の掃除に明け暮れた。
掃除しながら、あの日の美香が浮かぶ。紅潮した頬、予想外に静かだった反応、最後には何も言わなくなった唇。
ここにいないのに、いるような美香のにおい。

寂しくて、俺は荷物を開けてみることにした。中身を見て驚いた。
「なんだ、これ」
箱の中にはデニムパンツをはいた下半身が正座していた。ていねいにビニールに包まれ、説明書には『膝枕』とあった。さらに、
『横のスイッチで起動します』

スイッチを入れると『膝枕』はブーンと低い音を立てた。恐る恐る頭を乗せてみた――暖かくて、本物の膝枕のようだ。
ただし、膝は筋肉質で硬い。俺は跳ね起きた。
「くそ! 男の膝かよ」
浮気相手の膝だ、と直感した。俺が長期休暇に入り、美香はあの男と会えなくなった。かわりに、あいつの膝を注文したのだろう。

思わず蹴り飛ばそうと足を上げた。膝枕は危険を察知したように動いた。
助けてくれ、と言っているようだった――美香を思い出した。『膝枕』に罪はない
「勝手にしろ」
膝枕は静かに座っていた。


一カ月たつと俺は『膝枕』と晩酌をするようになった。『枕』の前に酒を置き、一緒に飲む。酔うと本音が出た。
「愛していたんだ」
いまも家じゅうに美香のにおいが満ちている。記憶が鮮やかになるにつれ、においも強くなるようだった。

『膝枕』は慰めるように左右に揺れた。その動きで前に置いたコップ酒がこぼれた。
「あっ!」

『枕』のデニムカバーは酒でびしょぬれ。あわてて裏のジッパーを開け、カバーをとる。筋肉質の太ももがあらわれた。
やっぱり男の膝だった。だが次の瞬間、思った。
――これ、誰だ。

『膝枕』の左側、太ももにホクロがある。
おれの右太ももにも、ホクロがある。鏡にうつせば左側だ。
急いで『膝枕』の後ろにまわった。そこから見おろす『膝』は、まさしく俺だった。
「おまえ、俺なのか」
『膝枕』は少し揺れた。
俺はがくりと座りこみ、大声で泣きだした。
美香は、俺の『膝枕』を発注していたのだ。


俺は泣きながら土間に降りた。土間の一隅は氷室につながっている。一年じゅう冷たい氷室。なかは美香のにおいでいっぱいだ。
俺は真ん中に掘った穴にかがみこむ。血抜きのために首を外された美香が静かに眠っていた。
美香を抱えあげる。壁にもたせかけて座らせた。防腐処理をしたが、すでに一カ月たっている美香はグズグズだ。かろうじて膝枕の形になった。
俺はそこへ頭を乗せた。

ずぶり、と腐敗した肉に顔が沈んだ。
この一カ月ですっかりなじんだ美香のにおいが、鼻に流れ込んできた。

これが――俺だけの膝枕だ。

【了】(スペース含め 2120字)


#2000字のホラー

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こちら、わくにさんに、朗読もしていただきました!
音声で聞くと、やっぱり怖いです。


suzuran_0725さんにも朗読していただく予定です!
音声ページがわかりしだい、シェアさせていただきます

うれしいなあ、もう!!



『膝枕』は脚本家・今井雅子さんの作品「膝枕」をモチーフにしています。

いやもう、ぞわぞわするんです(笑) こわい。
このお話、たくさんの方が朗読されていて、今も聞くことができます。
音声になると、ますますこーわーいー!

ゾクッとする数々、笑える『膝枕』作品もありますので、今井さんのページから行ってみてください。


ヒスイの大好きな漫画家さん、
猫野サラさんも書いていらっしゃいます。

※今井様
ご連絡がおそくなり、とりあえす 企画に応募させていただきました。
何かございましたら、ヒスイのDMへご連絡くださいませ。



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