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「赤い傘の角度は、あなたの言葉をまろやかに」ヒスイの#シロクマ文芸部

赤い傘、なんていうものは
絶対に買わないんだけれど。

一本だけ、うちにある。
それも新品で、
パッケージのプラスチックフィルムさえ、はがしていない。

義母から貰ったものだ。
正確には投げ渡されたもの。

不思議なほどの勢いをもつ、傘だった。


私たちが結婚すると話したとき、
義母は良い顔をしなかった。
それが、ちょっと不思議だった。

私と義母に当たる人は、結婚前からわりあい仲が良くて。
よく話をしていたし、
めずらしいものをもらうと、
まっさきに電話をしてくれた。

そのころ、まだ夫ではなかった同居人が
台風のなか、マツタケをとりにいく、なんてこともあった。

だから結婚を決めた時、まさか義母があんな顔をするとは思っていなかった。

不審そうな顔というか。
けげんそうな顔、というか。

なぜ、自分の息子が『結婚』などという野蛮な行為に手を染めるのか
サッパリ理解できない、という顔つきだった。

その様子が腑に落ちず、
私は家に帰ってから、当時の同居人に詰め寄った。

「あれさ、どういうこと? ソッチの家でいろいろ問題があるなら、
結婚とか、しなくていいんだよ?」

むかっ腹が立っていたから、
コチラの語気はかなり荒かったはずだ。
同居人は、これもまた語気荒く言い返してきた。

「そんなんじゃねえよ。事情っつうものがあるんだよ」
「その事情が説明できないなら、聞かないし、結婚もしないからさ!」

その夜は、そのまま寝た。
何日か経ってから、義父になるひとから、
こっそり電話がかかってきた。

「すまんかったね、あのとき。気まずかったろが」
「はあ」
「ばあさんね、ちょっとね、あたまがね。
 先月に、坂で転んでから、チクとね」
「……はあ?」

義父の言葉をつなぎ合わせると、こう言うことらしかった。

義母は、数カ月前に転んだらしい。どうという事のない坂道で。
転んだはずみに、頭を打ったらしい。

そこから、様子が変わったそうだ。

義父の言葉を借りると
「なんちゃ、キツネが入りゆうみたいな」
(注:義父は四国の男です)

そこから、義母は世界と関係を断ったらしい。
家事は元から、しない人だったが、
もっとなにもしなくなり、
一日じゅう眠りつづけて、
義父に返事もしない。

そんなとき、私たちがやって来たのだそうだ。

「ま、もういちど来ちくりや。婆さんのおらんところで、相談しようや」

翌週、私たちはもう一度、同居人の実家へ行った。

そのときの義母は、なんだか借りてきた猫みたいで。
小さくて、丸くなっていて、
ここではない、もっといい世界をみているような目元だった。

義父と必要なことを話して、
帰ろうとしたとき、義母がいきなり、息子の名を呼んだ。

「なに?」

彼が面倒くさそうに振り返った時、
赤い傘が飛んできた。

それは結構な角度で飛んできて、
鋭いスピードで私と彼の間を駆け抜け、
がしゃっ!と玄関のたたきに落ちた。

「足りねえよの」

義母の口からは、やっぱり意味不明な言葉が転がり出て、
それっきり
口は閉ざされてしまった。

その後、私たちは結婚し、
義母は、いい日もあれば悪い日もあるという波を繰り返し、
やがて、いってしまった。

私の手元には、赤い傘だけが残った。

『足りねえよの』の言葉はだれに投げられていたのか、今でもよく考える。

言葉の足りない息子へか。
配慮の足りなかった私へか。
あるいは、
自分に残された時間を言っていたのか。

今となっては分らないが。

赤い、新品の傘だけが、
プラスチックフィルムも剥がされずに
静かに今も、家にある。

きっと

未来永劫、家にある。


お義母さん、
私は死ぬまでずっと、
ナニカを学び続ける気がしているの。

あなたから。

【了】


本日は、小牧幸助さんの #シロクマ文芸部  に参加しています。
冒頭の言葉は「赤い傘」。


ヒスイのシロクマ文芸部は、こちらで読めます!
ヘッダーは、はそちゃんから借りっぱなしです(笑)

では、また明日。

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