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「すべての少女のために、舞えイチゴ」ヒスイの#シロクマ文芸部

舞うイチゴ。
青い空に、真っ赤なイチゴが飛んでいる。
ニナはそんな夢を見た。


そっと、妹たちと眠っている床から出て、まだ暗い外へ出る。尖った山の稜線には朝の気配が立ちのぼっていた。
ほうっと息を吐く。
まだ白い。

「今日はイチゴ祭り」

ニナはつぶやいた。鼻の奥にイチゴの香りが押し寄せる。
村では、年に一度『イチゴ祭り』がおこなわれる。健康を願い、村人がイチゴをぶつけ合う祭りだ。

若い男はとくに、意中の少女を狙う。少女が舞うイチゴを受け取ったら、婚約成立になる。

婚約、結婚、子供の誕生。赤いイチゴは幸せを呼ぶ。



「カイ、祭りのために帰ってきたのね……」

カイは幼なじみだ。ふもとの町で働いていて、去年は帰ってこなかった。
今年は、おとといから戻ってきている。


「……そういうことなの?」


村ですれ違うたび、ニナはちらっと見る。
カイは知らん顔。
だけど後から、じっと見ているのがわかる。だからニナの背中はむずむずする。
でも振りかえらない。
はしたない娘だ、と言われないように。

昔から、男が先に、好意も結婚も言い出すものだと決まっている。
女は待っている。
祭りでイチゴを投げられるまで、ひたすら待つのが良い娘だ。

4年前、ニナの姉は祭りで5つのイチゴを投げられた。
姉はよく考え、いちばん誠実で、たくさんのヤギを持っている男と結婚した。
今は2人の子どもを持ち、いつも笑っている。

それが正解だ。



ニナにも、わかっている。
ニナにも、わかっている。


でも、ただ待つだけなんて。
イチゴを差し出されるまでじっとしているなんて。
別の道が、別の方法があるんじゃないのか。
誰も言わないけれど、お腹の底ではわかっている方法が。




夜明け前、まだ黒く冷えきっている山並みを見ながら
ニナは足踏みをする。
寒い。
寒い。

夜が明ける。
切り立った山の形が一気に浮かび上がった。
ニナは、すうと息を吸い込んだ。

光のカケラのような冷気が入り込み、
ニナを清らかにして、消えていく。
微笑みが浮かんできた。


今日は『イチゴ祭り』。
幸せを呼ぶイチゴが舞う日だ。
ニナのイチゴが、飛ぶ日だ。



妹たちの手を握って広場へ着くと、もう甘い匂いでいっぱいだった。
隣のねえさんが、ヤギ飼いとイチゴを食べている。
彼女の頬は赤い。

おめでとう、ねえやん。

青い空、赤いイチゴ、甘い匂い。
幸せの予兆。

カイは広場のはしで男たちと話していた。
黒い目がいそがしげに動いている。
さがしている、ニナを。

気づいたカイが、男たちの輪を離れて歩いてくる。
手にはいっぱいのイチゴ。


ニナの足がすくむ。
息ができなくなったみたいだ。
体が、ふるえる。
カイは笑う。
大きな手の中で、まるでイチゴがふるえているよう。
それをみて、ニナはほわっと温まった。
夜明け前の白い息が満ち満ちる。
あふれる。
ニナから。

「カイ!」

カイはびっくりして立ち止まる。広場じゅうがニナを見る。
『イチゴ祭り』で話すのは男ばかりだ。
少女はいつも、静かにイチゴを待っている。
そこへニナの声が続いた。

「カイ、うけとって!!!」

ニナの手から、一粒のイチゴが舞う。
真赤なイチゴは広場をつらぬき、まっすぐにカイめがけて飛んでいく。

ニナの選んだ未来のもとへ。

広場じゅうが、息を止めた。
声が消え音が消えて、世界はただ、一粒の舞うイチゴになった。

「ニナ、わかった!!」

カイは両手をあけるために、持っていたイチゴ全部を空に投げた。
無数のイチゴがニナの頭上に降りそそぐ。
かわりにたった一粒のイチゴが、約束された幸せのように、カイの手におさまった。

カイはイチゴを食べる。
たくさんのイチゴを浴びて真赤になっているニナの手を取り、

「今年いちばん甘いイチゴをもらったよ、はねっかえり娘め」
「そろそろ誰かが、男の人に向かってイチゴを投げてもいいと思ったのよ」

カイはニナの髪から赤い実を取る、ニナへ一粒、残りを妹たちに渡した。
それからふたりは、イチゴを食べた。

甘い匂い。甘い予感。切り開かれる未来。



さあ。
すべての少女のために、舞え、イチゴ。


【了】(約1500字)

今日は#シロクマ文芸部に参加しています。


イチゴに切り開かれた道が
少女たちに未来をもたらしますように。

明日はヒスイ日記、お休みですー!
火曜日に、お会いしましょう💛

ヘッダーはUnsplashduong chungが撮影

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