見出し画像

「そして星月を手のひらに」#シロクマ文芸部・ヒスイの短編小説

 凍った星をグラスに。
 凍った星をグラスに。
 凍った星をグラスに。

 三度となえたところで、夫がのぞき込んできた。

「うるさいなー、何言ってんだ??」
「短編小説を書こうと思って。
『凍った星をグラスに。』の続きが、出てこないのよ」

 夫は新聞を丁寧に折り、ゆっくりと、こちらに向きなおる。
 面長な、きれいな顔に尖ったあご、すんなりした鼻筋。
 彼は長い指を振って、子どもに言い聞かせるように話しはじめる。


「いいか、言葉は正確に使え。
 まず『星』は凍らない。
 星とは一般的に『恒星』をさし、
 『恒星』とは自分で光を放つ星のことだ。
 光は核融合反応によるもので、つまり内部で核融合を起こすような星が
 摂氏ゼロ度以下になるはずがない。
 じっさい、最も冷たい恒星、と言われているのが
 えーと……」

 夫はここでスマホを取り出し、メガネを置いて確認をした。

「これだ、『ULAS1335』。
 
太陽系から 33.6 光年( パーセク)も離れた所にある恒星 を
 周回する系外惑星だな。
 温度は、およそ摂氏 280 度と見積もられている。

 な、わかったか?
 星は凍らない。
 ゆえに、
 『凍った星をグラスに』という言葉は
 成立しないんだ」

 完全理系の彼は、白くなった髪を細い指でふわりと上げて、
満足そうに新聞を広げた。

 この皺だらけの指が、初めてキスをした時に細かく震えていたなんて
今となっては信じられない。
 もっとも私だって、もう黒髪が波打つ乙女じゃないし、彼を無条件に崇拝する若妻でもないけれど。

 それでも、私たちは50年をともにすごした。
 今も同じ椅子に座り、星について語っている。

 これこそが、星が凍るほどの奇跡じゃないだろうか。
 

 夫が新聞紙の陰でつぶやく。

「『凍った星をグラスに』……星……凍星(いてぼし)……
 『凍星をグラスに落とし妻に問ふ』……
 おおっ、これはどうだ、良い句だろう!?」

 はいはい。
 私はにっこり笑って、透きとおったグリーンティをさしだした。

「とっても良い句だわ。だけど『凍星(いてぼし)』は冬の季語。
 今は4月の終わりですよ。
 言葉は、正確に使わなくちゃね」
「そうだったあああ、しまったあああ!」

 空は青く、空気は暖かく、すでに初夏の気温だ。
 私はそっとグリーンティに氷を入れる。

 凍った星をグラスに。
 凍った星をグラスに。
 凍った星をグラスに。

 そして過ぎてきた星月は、ふたりの手のひらに。


 愛しているなんて、照れくさくて言えないから。




【了】(改行含めず1005字)

今日は小牧幸助さんの企画に参加しています。
#シロクマ文芸部


はそちゃんは、SFラブストーリーでした。
ロマンチックよ💛


参考サイト:『すばる望遠鏡』公式サイト

ではまた、明日、ヒスイ日記でお会いしましょう💛 


ヘッダーはUnsplashAlex Berthaが撮影


・・・あの、今日は夜中に
もう一つだします。
大事なことを忘れていました。

今日は月末。
ステッチ部の報告日だった。

え? 4月は31日まであるんじゃないの(笑)? 


ヒスイをサポートしよう、と思ってくださってありがとうございます。 サポートしていただいたご支援は、そのままnoteでの作品購入やサポートにまわします。 ヒスイに愛と支援をくださるなら。純粋に。うれしい💛