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「夏の終わりのディズニー映画と柔らかい白につつまれた父の横顔」

ヒスイは映画好きです。
いまでも月に2回は映画館へ行きますし、
自宅でも週に3本は見ます。

それというのも、
ヒスイにとっての映画は、数少ない父との記憶に結びついているからです。

父は忙しいひとで
子どもとどこかへ行くという事は
皆無と言ってもいいくらいでした。
そのうえヒスイは
発達障害グレーゾーンの子どもで
手がかかるために
ほぼ母の手によって
育てられていました。

その母も自宅での仕事や家事のため
時間が余っているわけではない。
そのせいでしょうか、
毎年、夏の終わりに
ヒスイと父の二人で
映画を見て夏を締めくくる、というのが
定番になっていました。

アニメ映画の鮮やかな色と
飛び跳ねるような動きが、
夏の終わりと結びついて
いまも
ディズニーを見るたびに
なんとなく鼻の奥に
花火の火薬のにおいが
微かに香る気がするのです。


夏の終わりの2時間は
ヒスイと父にとって
ほぼ唯一といってもいいほどの
親子の時間でした。



先日、この映画を見て、ふと父の匂いを思い出しました。

「グランド・シャルトルーズ修道院」というのは、
フランスにある男性のための修道院です。
高い山すそにあり、
冬は雪が降り、
凍りつきそうに寒い。

その中で、厳しい戒律を守りながら
修道士たちは食事時間も含めて個室にこもり、
1日のほとんどを祈りに捧げているのです。

厳しい修道院だけに、
映画を撮る時も監督ひとりが、立ち入りを許されただけ。
監督は半年間、修道院で暮らし
撮影したそうです。

しかも条件として、
制作後の編集で
ナレーションや音楽をつけないでほしいと
言われた。

この条件で
3時間近くになる映画を作る。
それを見る。


……いや、むり(笑)。
3時間は見られないわーと
自堕落なヒスイは思いました(笑)。
とりあえず30分だけと思い
映像を見はじめた瞬間から、

この静謐な映画と
恋に落ちました。


静かな映画です。
画面では質素な白の修道服をきた修道士が、
小さな個室のなかで祈ったり
差し入れられた食事をとったり
勤労の時間に薪を割ったり
夜の礼拝をしたりする場面が
なめらかな編集でつづきます。

音は
実際に起きている物音と
鳥の声や風の音だけ。
ひとの声も、ほとんど聞こえません。
修道院の中では
沈黙が守られているからです。

こんなに静かな映画は
初めて見ました。
そして こんなに心静まる映画は
はじめてでした。


シンプルな個室でひたすら祈る姿を見るうちに
ヒスイの脳内には
もう一枚、 べつの
夏の記憶がよみがえってきました。

父と通った
仏教の「数息観(すそくかん)」です。



先に書いたように
ヒスイは非常に育てにくい子供で
落ち着きがなく、
物忘れもひどかった。
それを心配した母があちこちの心療内科へ連れまわしたことは
以前、書いたと思います。

父はあまり何も言いませんでしたが
父なりに心配していたようで、
ある年の夏休み、
「一緒にお寺に行こう」と言い出し、
その夏のあいだじゅう
週末の朝に必ず連れ出してくれました。


お寺でやるのは「数息観(すそくかん)」です。
これは一種の呼吸法で、
正座して息を数えます。

先に息を吐き、吐きながら
「ひとーーーー」と念じます。
で、息を吐き切ったら、次に吸い込みつつ
「つーーー」と念じます。

先に息を吐くことが
ポイントだったと思います。
あとは同じ要領で
「ふたーーー」で吐き、
「つーーー」と吸い込む。十までいったら、一に戻ります。


不思議ですね。
あれから何十年もたっているのに
あのとき脳内で聞こえていた
無音の「ひとーーー」は
今も高らかに
続いているようです。


本当の数息観は45分やるらしいんですが
ヒスイは子供でしたので
15分くらいで先に終わってもよかった。
部屋から出ることも許されていましたが
なんとなくその空間が清浄で
ここちよくて

静かに呼吸を繰りかえす
父の隣で
父の息を
数えていました。

息は、おだやかで
ふかく、
どこか、なぜか
痛みを伴っているようで
見慣れた父の顔が
知らない場所に浮遊しているような感じがして、

少し不安を感じながらも
父が戻ってくるのを
じっと待っていました。


色でたとえると
それは「白」でした。
ただの白ではなくて
黄色みの混じったアイボリーや
薄卵色という音調があって
あたたかく
明滅しているような
「白」でした。


そのやわらかい白色は
「大いなる沈黙へ グランド・シャルトルーズ修道院」の中で
修道士がまとっていた白に
よく似ていて、
ヒスイはその色で
父の記憶を引っ張り出したのでした。


夏休みのディズニー映画のカラフルさと
柔らかい白で囲まれた父の横顔。
そのふたつが、
いまもヒスイの中、ふかくに沈んでいて
ときどき
『映画を見たいな!!』と
思わせてくれます。

映画には、色がある。
音がある。
映画館には独特の匂いがある。
あ、ポップコーンか(笑)
そして映画には

「映画の手法」でしか作り上げられない
ざらりとした
手ざわりがあります。

ヒスイにとって映画の手ざわりとは、
夏の終わりのディズニー映画と
柔らかい白につつまれた
父の横顔なのでした。


#映画にまつわる思い出


ヘッダーは
UnsplashGabriella Clare Marinoが撮影

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