『節を超える』【ジャンプ+原作・応募作】
『節を超える』短編小説(2445字)
ごごごっごご、と地響きみたいな夜風が聞こえた。ちづるが、あたしの部屋のカーテンを開けた。
「うっわ。地吹雪になってる」
あたしは、こたつから出ない。隣に座っていた麻美は立ち上がって窓に近づいた。二人の後ろ姿が並んで見える。その奥に、真っ黒な二月の夜空。
「これは積もるね。今日は澄の家で泊まりにしてよかった。それにしてもあんた、さっきから全然、勉強してないでしょ」
ちづるはじろりとあたしを見た。どうでもいいけど、ちづるのアイメイクは魔法だ。どうやったら扁平一重の顔が、レディガガそっくりになるんだろう。
そこへ麻美が言う。
「澄は集中するタイプなのよ。『ときめき💛ウィンド』の翔くんみたいに」
麻美は眼鏡をかけた優等生。常に学年五位以内をキープしている秀才で、本性はBLマニアだ。
ちづるがこたつに戻ってくる。
「進路調査、なに書いた、澄?」
「まだ出してない。期限は月曜日だもん。出してないでしょ、ふたりとも」
すると麻美が
「もう出しましたー。第一志望は晴丘大。第二は南外語大。自宅から通える、偏差値の高い大学です」
「手がたいなあ」
「あたしは、ぜったいに一部上場企業に就職するって決めているから。将来はガンガン稼いで、マンガと小説と2.5次元の舞台につぎ込むの」
あたしはあきれる。
「ちづるはまだ出してないよね?」
「出したよ。東京の大学を二つ書いた。本気でモデルになるなら、東京で勝負だって思うから」
あたしの手から、ぱたりとシャーペンが落ちた。なんでふたりとも、もう進路が決まってんの?
深夜一時。ちづると麻美が寝息を立てている中、あたしは一人で考える。
ふたりともちゃんと将来を考えているんだ。あたしみたいに、まだ1年生だから時間がある。とりあえず、目の前の一日をクリアすればいい、なんてのんきに思ってない。その先の未来までちゃんと見ている。
いつのまに、こんなに差がついたんだろう。四月に高校へ入学したときは同じスタートラインにいると思ったのに。
あたしは布団から出て、窓から外を見た。
雪はやんでいた。月が出て、真っ白な庭を明るく照らしている。
誰もいない深夜の庭――ううん、誰か、いる。雪で真っ白な庭に人影がある。
あたしは窓ガラスに顔をくっつけて、よく見た。
子供が、それも五人の子供がうちの庭で何かやっている。二階の窓からは屋根がじゃまで、よく見えない。
あたしはパジャマの上にダウンコートを着て手袋をはめ、一階へ降りた。リビングの窓から外を見る。
七歳くらいの子供たちがいた――子供というか……鬼? 頭に小さな角が生えているから。
子鬼たちはせっせと一本の線を引いていた。あたしは気になって気になって、窓から庭に降りた。
小鬼たちは歌っている。
『ごごごっごご』
『ごごごっごご』
そして雪の上にまっすぐな線を引き終わると円陣を組んだ。真剣な顔で、お互いを見る。おごそかに、言う。
『新しい月』
『新しい花』
『新しい節』
言い終わるとまじめな顔でうなずきあい、口元をピリッと引き締めた。そして最初の小鬼が構えて、走りはじめた。線に向かって。
一気に走ると線を飛び越えた。飛び越えた瞬間、小鬼は空中に消えてしまった。残った小鬼たちは不安そうに見つめあう。次の小鬼が目をつぶって走りだす。
線を跳び越える。消えてしまう。一人消えるごとに小鬼たちの顔はどんどんこわばっていく。
ついに最後のひとりになった。
月が凍る夜。きん、という音が耳から皮膚から入ってきそうな静かさのなかに小鬼の声がすべってきた。
『こわい、こわい。跳ぶのが怖い。消えるのが怖い』
あたしは思わずつぶやいた。
「イヤなら、跳ばなきゃいいじゃん」
最後の小鬼がこちらを見た。びっくりした顔だ。
『オニは跳ぶ。決まってる』
「選べるよ。跳ばなきゃいい」
『跳んだら、別のところが見える』
「見たいの? この世界も悪くないよ。あたしはそう思うけど」
小鬼はしばらく考えていた。それから顔を上げた。
『見たい。次の月、次の花。新しい節。見たい』
「……わかる気がするよ。あたしも新しい世界が見たい。でも、どこへ行けばいいか、わからない」
小鬼はあたしをじっと見た。
『一緒に跳ぶか? 新しい月がある』
正直に言おう、あたしは一瞬、ぐらッとした。でも頭を横に振る。
「あたしの世界はここ。自分の場所はここで見つける。あなたが、あの線を跳ぶって決めているみたいに」
小鬼はうなずいた。あたしは手を差し出す。握手する。小鬼の手はひんやりしていた。あたしはピンクの手袋をはずして、はめてやる。
小鬼は手袋を見てから、ゆっくりと後ろにさがった。
助走のために、かまえる。小さな足が雪を蹴った。小鬼が叫ぶ。
『ごごごっごご!』
小鬼は止まらずに走った。走って走って、そのままぴょん、と雪上の線を飛び越えた。
小鬼は。
空中に消える瞬間、あたしを見て笑った。キラキラした目で、笑った。
ふわっと世界がピンク色になったような気がした。温かく、甘い香りのする風が舞い上がって消えた。
そして、あたしの掌には桜の花びらが落ちてきた。
春を約束する、五弁の花びらが。
「ぶえっくしょーーーいっ!」
朝の通学路で、あたしは大きくくしゃみをした。寒さのあまり、両手をこすり合わせる。隣にいたちづるが笑う。
「澄、手袋は?」
「……なくした」
「進路指導の紙は?」
「持ってきた」
あたしは昨日の夜、考えに考え抜いた進路を考えた。
A教育大。
無理かもしれない、あたし、だいぶ馬鹿だし。でもがんばってみたい。約束したから、あの小鬼と。
誰かを励まして、誰かに勇気をもらうことを、教えてもらったから。
かじかむ指をこすりながら、あたしはつぶやく。
「ごごごっごご」
「なに、それ」
「おまじない。たぶん、受験にきく」
「まじ? あたしも言おう。ごごごっごご」
「ごごごっごご!」
次の春。あたしの住む街には、いつもより早く桜が咲いた。
いつもより、長く桜が咲いた。
そしてあたしたちは、高校二年生になった。
【了】
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