「ポケットから、純白の優しさ」ヒスイのシロクマ文芸部
「雪化粧はロマンチック……なんて言ったやつは、雪に困ったことがない奴だ!!!」
私は力まかせに枕を投げつける。でもホテルの枕はふわふわで、壁に当たっても、ほよんと落ちるだけだ。
隣のベッドでスマホを触っている夫は、
「しょうがねえ。雪で高速もクローズだ。ほれ、チョコアイスでも食え」
「アイスなんかいらない! ママの体調がよくないのに!」
腹立たしくて、思わず涙が出た。
週末に予定どおりスキー旅行へ行け、というのが父、姉、夫の意見だった。
三人とも、私が母の病でへこみきり、閉じこもっているのが心配だから。
父はおだやかに言った。
「ママは、今すぐに急変することはないよ。逆に、今ならいけるから、行っておいで」
姉はクールに言った。
「ママの病気はママのもの。うちの家族と同居してるんだし、心配することもないわよ。だいいち、あんたが旅行を取りやめて、どうなるってのよ」
夫はのんきに言った。
「ま、行こうや」
そしてスキー場のホテルで、雪に閉じ込められたのだ。
私は夫に当たり散らす。
「だから、やめようって言ったのに。さっきお姉ちゃんから電話があった」
「あそ。義姉さん、なんて?」
「『変化なし』。それで切られた。パパもお姉ちゃんも、冷たくない?」
「そんなことねえだろ。お義父さんはお前が少しでも楽になるように言ったんだ。義姉さんはお前が心配しないように言った。
お前、家族ぜんいんから大事にされてるよ」
『いいな、お前には家族がいて』
その一言は、夫から出てこなかった。
私はふいに気がつく。
夫には、もう両親がない。先に喪くしてしまったのだ。
両翼を失ってしまったからこそ、飛べるひとがいる。見えるものがある。
夫は、そういうひとなのだ。
何も言えずに、私はただ鼻をグズグズさせた。
夫はひょいとベッドから飛び降り、かろやかにチョコアイスを持ってきた。
「ほら」
「いらない」
「しょうがねえ、サービスだ」
ポケットからスティックシュガーを取り出す。
封を切り、チョコアイスの上からサラサラとかけてくれた。
「ほら、雪化粧」
ダークブラウンの悲しみの上を、純白がおおってゆく。
スプーンを入れると、清らかな甘さがなだれ落ちてきた。
「……ありがとう」
私は窓の外を見る。
一面の白は、その下に限界のない優しさをかくしている。
デニムのポケットから出てきた、スティックシュガーのように。
……ん?
なんでポケットにスティックシュガー?
夫はダイエット中で、糖質制限をしているのに。
「ちょっと、その砂糖は何なのよ! あんた、ダイエットは!?」
「はあ? よく聞こえませんが」
「聞こえてんでしょうが!!」
怒鳴るたびに、笑いがこみ上げる。
悲しみが削られ、体が軽くなる。
ありがとう。
窓の外は雪化粧。
窓の内側には、純白の優しさを持った夫がいる。
ありがとう――いや、しかし。このダイエット破りが!!!
ありがとう。
【了】(約1200字)
本日は、小牧幸助さんの #シロクマ文芸部 に参加しております。
ヒスイはいま、皆様の温かさで、生きております。
明日は『ふたつのありがとう日記♡』を書く予定。
noteでは何度も書いたことですが、ヒスイが限界まで悲しくなると、かならず助けがやってくる。
ほんと、信じられないくらいに優しい事が起きるんです。
このところ、心のこもったギフトをいただくことが多くて、
もうほんとに、
どうしていいかわからないので。
とりあえずアイスを食べておきます(笑)。
ありがとうございます、皆さま。
ヒスイの半分は、皆様からの愛でできております♡
残り半分?
……昼寝かな(笑)
では、また明日、お会いしましょう。
おやすみなさい。
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ヘッダーはUnsplashのMidas Hofstraが撮影
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