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「勇気りんりん、三日月おちた」「短歌でぽん!」アオハル短編 ⑬

「こりゃいっそ、燃やしたほうがましだなあ」
あたしは仕上げおわったイラストをつまみ上げた。すっかり暗くなった夜の部屋で、白っぽい蛍光灯に躍動感の全くないドングリのキャラクターが浮かんだ。

日曜日、21時。
週末の2日間、およそ31時間かけて描いたドングリは絵の学校の課題だ。
『絵本の挿絵を描く』がテーマだが……。

あたしは、絶望的に絵がへたくそだ。
イラストレーター専門学校の1クラス20人のうち、つねに21番をキープしているといえばわかりやすいかも。
どん底でスカのスカ。毎回すさまじいダメ出しをくらい、原図が一ミリも残らないほど修正しつくした課題を提出して、なんとかクリアしてきた。

それもこれも、自分を信じているから。
いつか、思い通りの線と思い通りの色で、あたしの中でキラキラしているものを、この世界に出せると信じているから。

ま、少なくとも信じてきた。
だけど、21歳にもなれば現実が見えてくる。
あたしは、イラストレイターとしては使い物にならないらしい。
認めたくないけれど、そういうことだ。


そういうことだ。



いろんなことに煮詰まると、あたしはコンビニに行く。
コンビニと言ってもこの辺りは田舎だから、有名どころは来てくれない。
かわりに、朝7時から夜22時まで営業している『サンキューマート・ウサ』がある。
ウサは、宇佐田の略。オーナーはあたしの同級生、宇佐田晃(うさだあきら)だ。

三日月を眺めながら田舎道をとぼとぼ歩いていくと、店が見えた。ひょろ長い男が駐車場を掃除している。痩せっぽちでバランスの悪い長身。ウサだ。
あたしは叫んだ。

「ウサ! そうじしてんの?」
「ああ、希子(きこ)。この時期は落ち葉が多くってさ」

にへっとウサは笑った。
この男は子供の頃から要領が悪い。だから4人兄弟の末っ子なのに『サンキューマート・ウサ』を押し付けられた。
ウサは気弱さのために21歳でもう、この田舎町に縛り付けられている。
あたしは、才能のなさで、ここから出られない。

あたしたちは、イヤになるほど、似ている。


ウサが落ち葉をごみ袋に集めるのを手伝う。赤や黄色の葉っぱに混じって、キラリと何かが光った。
パッケージに入ったままの三日月型のピアスだ。あたしはウサに向かって、ピアスを振って見せた。

「落ちていたよ。店の売り物?」
「ああ、それ。昨日、落としていったんだ」
「誰が?」

ウサは困ったように笑っただけだった。あたしは追及する。

「誰が、落としたのよ」

ピアスを突きつける。ウサのさらに困った顔がぺたりと貼りついた。

「元カノ」
「元カノって……あんた、誰かと付き合ってたの? 同級生?」
「ちがう。SNSで知り合って」

あたしは開いた口がふさがらない。
このウサが。
ひょろ長いだけで、気が弱くて、いつも困ったみたいに笑っているウサが女と付き合ってた? しかも、もう別れた?
大混乱のうち、あたしはむやみに手足を動かして枯葉をごみ袋に詰め込む。

「あー、キコ」
「なによ、うらやましくなんかないわよ」
「いや、車が来た。あぶないよ」
振りかえると、こんな田舎のなんちゃってコンビニに似つかわしくないような、ピカピカの車が駐車場に入ってきた。



「——な、だからさ、ヒカリはあんたにだまされたっていうわけ。俺は兄貴として黙っていられないっしょ。
慰謝料くらい、もらわねえとなあ」
「慰謝料って」

ピカピカの車から降りてきた男に、訳の分かんない難癖をつけられてもウサはへらへら笑っているだけだ。このアホ草食男子め。
男の後ろにいるのが、SNSで知り合ったっていう女でしょ。ちょっとかわいいけど、話がおかしすぎる。

ウサはあたしと男たちの中間でのんびりと立っていた。

「僕はヒカリさんにフラれただけですし。会ったのは1回だし」
「回数の問題じゃねえ、ヒカリにとっちゃ大ごとなんだよ!
男がやったことをグダグダぬかすなよ!」

チンピラみたいな男はぐいぐいウサにつめよる。あたしは聞いてて、腹が立ってきた。
ぐい、とウサと男のあいだに割り込んだ。

「ウサはあんたの妹にフラれたのよ。これ、昨日あげて捨てられたんだから。だまされたっていうなら、ウサのほうでしょ!」
「うるせえな、お前は関係ないだろ! なんだよ、ちゃちいピアスだな」

どんっ、と男があたしを押す。はずみで三日月のピアスがこぼれ、べたりと湿った葉っぱの上に落ちた。

あたしとウサみたいだ、と思った。
お金も運も才能もなくて、べたべたの落ち葉にしがみついているしかないふたり。まだ21歳なのに、もう最初の絶望に飲み込まれている。
ほろり、と涙がこぼれた。
みじめだ。
そう思った時、うしろでウサが言った。

「キコにあたるなよ。金は払わないし、帰ってもらおうか」

みると、ウサがほうきを構えて立っていた。
あっ。
やばい。

次の瞬間――ウサの持ったほうきの柄が、下弦の月のようにしなって男の顔をねらった。
ひゅ、という音のほうが、後から聞こえたほどのスピードだった。
音が追いついたときには、ほうきの柄が男の眉間にあたっている。ごくごく、軽くだけど。

「——ひっ」
「もう、終わりにしてよ。店を閉める時間だし」
「なん……なんなんだよう、おまえ」

忘れてた。ウサは剣道3段だった。高校時代には『棒を持たせたら無敵』って呼ばれてたんだっけ。
ウサは男にほうきの柄を突きつけたまま、女の子に言った。

「メッセージのやり取りしているときから、変だと思っていたんだ。だから一度会ってみようって思った。
この男でしょ、きみが利用されているってやつ。
でもさ、こういうのは自分で切らないとだめだよ。
欠片の欠片くらいなら、手伝えるけどさ」

とん、ともう一度、ウサは男の眉間をついたとき、遠くからパトカーの音がした。

それを聞いた男は車に飛び乗るとエンジンをかけた。
「とっとと乗れ! 帰るぞ!」
「あ……う、うん……」

二人を乗せたピカピカの車は、ピカピカのスピードで走っていった。その車とすれ違うように、パトカーが走ってきて――いってしまった。


「え。なに? あんたが警察を呼んだんじゃないの?」
「ちがうよ。この時間は定時パトロールなんだ。なにもなくても、毎晩うちの前を通っていくんだ」
「なんだ……」

あたしはへにゃ、って座り込んでしまった。ウサはほうきを持ったまま、困ったように笑った。

「店のコーヒーでも飲む、キコ?」
「うん」

あたしは濡れた落ち葉から三日月のピアスを取り上げた。
赤や黄色のうずもれたピアスは、月光みたいに輝いていた。
「これ、ちょうだいウサ」
「まじ? あんまり縁起が良くないピアスだと思うけどね」
ウサはやっぱり、笑っていた。


『サンキューマート・ウサ』の薄いコーヒーを飲みながら、あたしはピアスのパッケージを破った。空っぽのピアス穴に挿してみる。
店のガラス戸が夜鏡になって、両耳の三日月を映し出した。

ついさっき、ウサが女の子に言った言葉がよみがえる。

『こういうのは、自分で切らないとだめだよ。
欠片の欠片くらいなら、手伝えるけどさ』
そうだ、あたしも自分で切らなきゃだめだ。
絶望を。
諦める気持ちを切り捨てて、やっぱり絵にしがみつかなきゃだめだ。
だってあたしは、それしかできないんだから。


「あっ、キコ。コーヒーは値上げしたから110円ね」
「お金とるの、この状況で!?」
「商売なんだよ。ここで生きていかなきゃ」

ウサは笑った。あたしも笑った。
まだ帰りたくない。お尻は濡れているし、帰るのイヤだし。
もう一杯、うっすいコーヒーを飲んでいよう。

ウサと二人で。

【了】(3052字)


『勇気りんりん、三日月おちた』


今日の短編は、十六夜杯にだされたふぅ。ちゃんの短歌をもとにしています。
「コンビニに売ってるだろか 三日月と僕の失くした欠片の欠片」
「月なんか出なくていいやこんな夜はどうせぬれたし帰るのヤだし」

ふぅ。ちゃんについては、明日、改めて語りたいので笑
今日はこの短歌に短編を添えておきます。

また、あしたっ!

おっと、「短歌でぽん!」は、七田苗子さんの企画「俳句でぽん!」を
ちょろまかしております笑。
ふぅ。ちゃん。苗子ちゃん。
どうもありがとうございます。



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