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病棟日記





プロローグ


私の名前はAです。中学2年生です。
身元がバレないように偽名を使います。
今回私が日記をつけようと思ったのは、警察に両親による児童虐待を報告しようと思ったからです。とあるテレビで日記は証拠になると聞きました。

いきなり虐待とか書いてるのでいまいち状況が掴めていない方も多いと思います。なので私の家族構成を話していこうと思います。

私には両親と、5つ年上の姉が一人います。
両親は私を叩いたり怒鳴りつけたりするので、さすがの肉親でもこれは…と思って警察に相談しました。でも、その程度なら叱っているだけと言われました。
姉は大学やバイトには行っておらず、ずっと家にいます。ニートです。私が泣いている時は慰めてくれる優しい人で、私は姉のことが大好きです。両親は姉のことが嫌いで家では空気のように扱われています。
(私はニートが関係しているのではないかと思ってる)

夏休みに入って数日経った時、姉と私は両親からいきなり入院しろと言われました。私たちは、もう決まったことだからと言われ強制的に入院させられました。

まあ入院の原因は薄々わかっていました。私と姉は体質的に痩せっぽっちで、病院の定期検診では体重がこれ以上落ちたら入院と言われていました。そんなん言われてもどうしろってんだ!
こっちは太りたくても太れないんだよ!

病院にいる間は日記をつけなくてもいいのではないかと思いましたが、両親がお見舞いにくるかもしれません。やはりつけておくことにしましょう。
両親の未来を左右するであろうこの日記を!
ハッハッハー!!


第1章 注射と点滴


入院1日目

病院は緑の綺麗な所にありました。
ほえ〜と口をあんぐり開けながら病院の大きさに感心していると、私と姉の担当の看護師さんが来ました。仮にBさんとしましょう。Bさんはまだ2〜30歳くらいの人で、笑顔が可愛くて美人です。こんな美人さんが担当してくれるとは、

入院生活は薔薇色だ〜!

そして今日は初めて注射と点滴をしました。
注射といっても何か薬を入れられるわけではなく、採血でした。注射でも採血でも点滴でも、どっちでもいいけど針は嫌い!だって痛いんだもん。

でも、Bさんに頑張ったねって言われたので嬉しかったです。入院したら、親への反抗として思いっきり暴れ回ってみんなを困らせようと計画していたのですが(姉には反対されました)Bさんの困った顔を見たくないので、この計画はおじゃんになりました。計画破断について話すと、姉はほっとした顔をしていました。

点滴は二種類あって、そのうちの一種類は、もう片方の点滴をする間以外は途切れないようにずっとしておくそうです。嫌だなあ。




入院2日目

Bさんは、私と姉だけを担当しているようで、今日は私たちといっぱいおしゃべりしました。

「ところで、この点滴はなんのお薬ですか?」

Bさんと話すのが楽しくて、私もすっかり忘れていた疑問を姉は忘れていませんでした。
自分たちは入院の原因は薄々勘づいていながらも、しっかりとした説明がないまま入院させられました。

どっかの両親とかいう誰かさんのせいで。

気になったので、私も自分たちの現状について聞いてみました。

「実はね、病院で悪夢を改善させられないかって実験を進めているの。悪夢は基本的にはストレスとかが原因なんだ。点滴は二種類あると思うけど、一種類目はリラックス効果があるんだよ。これでストレスを和らげるの。もう片方は、栄養バランスが悪いみたいだったから、それ用」

皆さんにはまだ言っていませんでしたが(先に説明してなくてごめんね)私と姉は度々同じ悪夢を見ます。しかし、私の予想とは大きく違う答えに拍子抜け。多分悪夢については両親に相談していたので、きっと両親が実験協力料欲しさに、被検体である私たちを病院に提供したのでしょう。
なんてひどい親なんだ!

でもこれで悪夢と体重の両方が解決するなら万々歳だなあ。



入院3日目

いつも見る悪い夢を見ました。

私と姉が、何かに追いかけられる夢です。
いつもは家で追いかけられるんですけど、今回は病院の廊下でした。”なにか“は姿も形もなくて、そこになにもいないはずなのに、恐ろしくて、私と姉は直感的に逃げなきゃって思うんです。姉は私よりも走るのが遅くて、夢の中でいつも私が姉の手を引っ張って走りました。

目が覚めたとき、テレビがついていました。姉がつけたのかなと思いましたが、いませんでした。
また一人でどっかに行って..姉は私よりも容態がいいから部屋から出ていいんだとさ、いいなあ!

チャンネルを回したんですけど、1しか繋がらないみたいです。いくら山奥の病院でも流石に買い替えろよな!こっちは子供なんだよ!
ずっとニュースを見るのも退屈なので二度寝しようかと思い、テレビのスイッチを消しました。実は寝ボケててここら辺の記憶は曖昧です。

2度目に起きたとき、姉が帰ってきていたので夢のことを話しました。聞くと姉も同じ夢を見ていたそうですが、場所は病院ではなく家だったそうです。昨日はリラックスできる点滴をしたというのに何故でしょう。今日も点滴をします。Bさんに今日の夢のことを言ってみようと思います。

あえて書いてませんでしたが、入院2日目になっても
両親はお見舞いに来ませんでした。



第2章 白い箱庭


入院4日目

今日は夢を見ませんでした。昨日悪夢のことを話して、Bさんに点滴の量を増やしてもらったからかもしれません。

いい睡眠でした。良過ぎたかもしれません。
寝過ぎた所為か、もう消灯時間を過ぎているのに全く眠くありません。朝に私が朝起きた時にはまた姉はどこかに行っているようで起きたらもういませんでした。何回も言うけど羨ましい

姉が帰ってくるまでの間、Bさんは今日も私とお話ししてくれました。他愛もない世間話をしました。

そういえば昨日テレビをつけたのは、Bさんでした。
私の点滴を変えるタイミングが、ミーティングが原因で変わる時があるらしく、朝ドラが始まる時間とかぶっていたので私の部屋で見ていたそうです。
またミーティングで点滴の時間が遅れたら、その時は起こしてほしい。一緒に朝ドラ見たいって言いました。

姉にもう寝なさいと言われたのでもう寝ます。


入院5日目

また夢を見ました。今度は私一人で病院の廊下にいました。姉はいませんでした。前回病院で見た夢の中の時間は深夜でしたが、今回の夢はまだ明るい時間でした。外を見ると夜明けごろです。
また何もいないのに、私は逃げなきゃと思いました。今度は姉がいません。いつも夢では足手纏いとまで思っていた姉。いないだけでこんなにも不安になるのかと思いました。

このことをBさんに話すと、今度は違うお薬を点滴するそうです。夢が悪化している状況から、今回の点滴は前よりも強いお薬だそうで。さらには、錠剤も出してくれました。この錠剤は、リラックス効果ではなく、睡眠薬です。徹底的に私たちの悪夢を直してくれようとしているのが伝わります。ありがたや。

ちなみに姉は悪夢を見なかったそうです。もしかしたら、私たちの夢の世界線はテレパシー的なので繋がっているのかもしれません。


入院6日目

また夢を見ました。今度も私一人です。

ですが今回の夢は”逃げなきゃ”ではなく”隠れなきゃ”でした。お察しの方も多いとは思いますが、逃げていた廊下の突き当たりが来てしまったのです。私はどこかに隠れようと思い、咄嗟に端の部屋に隠れました。そこはどうやら女子トイレのよう。私はこれはラッキーと思いました。

個室で鍵を閉めたら”完璧な隠れ場所“なんだもん!

早速個室に入ろうとしましたが、違和感がありました。トイレの鍵の金具のところがなんだかグニグニしていたんです。例えるなら、硬めのゼリー?みたいな感触になっていて、強く触ったら指が金具の中に入ってしまう、そう直感で感じました。鍵をさわれない以上、私は個室に入るのをやめました。しかし私は隠れなければいけません。どうしようかと迷っているうちに、姉の声がかすかに聞こえてきました。

ここで目が覚めました。前までは多少現実味のある夢だったのに、突然ファンタジーみたいな感じになっています。夢の刺激がマイルド?になってるところを見ると、薬の効果が多少は出ているのではないでしょうか。このままファンタジーな夢になったらいいのにな。

たとえばかっこいい王子様がペガサスに乗って私を救い出してくれるとか、私の目の前に勇者の剣が出てきて貴方はチート能力です報告されて無双できるようになるとか…


第3章 金魚の透明標本


入院7日目

皆さんにとってもとってもいい知らせがあります。なんとなんと悪夢が終わりました!!

私は今とっても嬉しい気持ちでいっぱいです。この日記を読んでくださる未来の誰かに向けて結末をお話しします。

姉の声が聞こえた場所はそこまで遠くないことがわかりました。探してみるとなんと姉は鏡の中にいてびっくりしました。

「こっちに戻ってきて!!」

普段は大人しい姉が私に向かって叫びました。
姉が叫んだのを見たのは夢の中でも現実でも
これが初めてです。

私は姉の叫んだ言葉の意味に気づきました。
私は悪夢の世界に閉じ込められていたのだと。

姉を信じて鏡に飛び込んだ私は、
とうとう悪夢の世界から脱出したのです!
私たちは涙を流しながら抱きしめ合いました。

目が覚めると私は涙を流していました。
姉はまだ眠っているようですが、その頬には涙が伝っています。そして「A、無事でよかった…」と寝言を言っています。きっと姉の中の悪夢も終わったのでしょう。

姉が目覚めたら現実でもそれはもう思いっきり抱きしめ合おうと思います。



エピローグ


鏡を与えてはいけない。

看護担当になる前に主任から言われた言葉だった。

統合失調症で、特に目立った症状としては鏡に映った自分を姉と呼び、会話するらしい。
(もう少し詳しく記述すると、全ての鏡に反応するわけではなく条件があるらしいが、病院内ではどうでもいいことだと思って、よく聞いていなかった。)

親もそんなAちゃんに歩み寄ったらしいが虐待呼ばわりされ、自分たちの手にはおえないと精神病棟に任せることにしたらしい。


Aちゃんは入院して7日目に事故死した。


看護師を呼ばず勝手にベットから起き上がろうとして転倒し、テレビに頭をぶつけた。

テレビの液晶画面の割れた破片が頸動脈を切ってしまったことによる大量出血だった。


最近のテレビは危険を避けるため、液晶部分になんらかの加工が施されているらしいが、ここにあるテレビにはそれがなかった。

こんな山奥だからといって、そこまで古いなら買い替えた方がいいだろうと思わせるようなテレビだった。

Aちゃんの死を最初に目にしたのは私だ。
そして机の上にこの日記が置かれていた。

日記を見た時は正直絶望を感じた。

まさかテレビの反射が鏡の役割をしていたとは。

このことがAちゃんの両親や警察に知られたら
私の監視不足がバレて看護人生は終わるだろう。



私も看護学生時代に日記を書いていた。
Aちゃんの日記は、私がその時に持っていた日記と同じだった。

表紙には金魚の絵
付属のボールペンで書く手のひらサイズの日記。


最後のページに私は真実を書いている。
私の今できる最低限の弔いとして。

私は悪夢のことなんか知らない
私はAちゃんと世間話をしていない
Aちゃんの病室で一度もテレビはついていない
日記の記述は全てAちゃんの妄想だ

この日記はこのページを最後に処分します。


燃やしてしまおう
全てを抱えて
燃えろ
燃えろ
金魚のように赤く。


揺れる金魚

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