その人のギラギラする声-能の体験記

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梅雨が明けて

梅雨が明けて、酷暑に入った7月末、能の歌唱である謡(うたい)の体験レッスンに参加した。重要無形文化財認定の保持者である長山桂三(ながやま けいぞう 1976-)氏による、マンツーマンの稽古である。

受講料3000円、40分。楽天が本社を構える二子玉川から東急大井町線で一駅。世田谷区の上野毛という所に長山氏が建てた能楽堂がある。世田谷長山能舞台と言い、ごく新しいモダンな建築物の一階に設けられている。

レッスンに申込んだのは、長山氏のウェブサイトからだった。数時間と経たず、御本人のお名前で返信が来た。先生自らということで、メールとはいえ、少し緊張が走る。決して権威的で無愛想な返信ではなく、受け手への尊重もにじませるような言葉遣い。このような時、多くの権威者は、自ら返信せず、間をおいてスタッフにさせることで、ある種の権威を示そうともするものだ。しかし長山氏は、何も躊躇いなく、素直なお気持ちで、身分も素性も分からない庶民に返事をされてきたように感じた。

私はこの時点で、芸術人として、開けた方だと直感した。

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お稽古の当日

稽古の当日、上野毛の駅を降りると酷暑だった。稽古場の能舞台はすぐに見つかった。インターホンを押すと、御本人らしき声で迎えられる。入ってすぐの真新しい稽古場では、声が聞こえ、優雅に舞を舞っている方が。レッスン中と悟り、稽古場の外で待つ。

レッスン時間になり、中に入らせてもらう。受講者用の席に案内される。今はコロナという時期なので、先生との間には、透明アクリル板が設置されている。

簡単な挨拶の後、早速お稽古に。まずお手本として、先生の歌唱を聴く。耳を劈くようなビリビリと響いてくる声。狭めの空間だからか、能の柔らかい物腰にイメージが固定されていたからか、まるで予想しなかった迫力の声。外のギラギラした太陽とも重なるような歌声だった。

続けて私自身も復唱してなぞって歌うよう言われ、慣れない歌唱を試みる。慣れないのだが、先生の威勢のある歌声に引き摺られて、大声で歌ってみた。

ギラギラする声、その主の魅力

そもそも私がなぜ能の謡に挑戦しようとしたか。それは動と静で言うと静のイメージがあり、その幽玄、夢幻の世界に触れてみたいと思ったからだ。

実際に目の前で味わったのは、肌がヒリヒリするような声。体を前から後ろに劈いて抜けていく度肝の声だった。それは「強吟(ツヨギン)」という押し調子の歌い方であったからでもあるが、それにしても私的に持っていた、能の柔弱なイメージは覆された。

一通り復唱して、レッスンが終わった。その際に長山氏が述べていたのは、「能のお稽古というと敷居が高いと思われていたでしょう。でも、私のような人間がしておりますし、敷居を少しでも下げて気軽にお稽古を受けて頂き、能を一人でも多くの方に知っていただきたい。」ということ。

「敷居を下げる」というのは、もちろんエンターテイメント風にして古典芸能を教えるということではない。だからと言って、難解なまま教授することでもない。長山氏の場合は、芸能の伝承のため、味わってもらうため、技法に関して簡潔に教え、必要なことは素直に見せていく。そのようなお考えに感じた。クラシック演奏などの世界では、時に「この技術は誰々先生の教えだから、先生を尊重して、公開はしません。」と述べて、ある種の企業秘密を作ることがある。長山氏は、むしろ必要なことは公開していく、という態度を取られているようだ。それは伝承と発展が念頭にあるからなのだろう。

現に、どのように「ギラギラする声」を出せるのか、尋ねたときには、しっかりとした返答が得られた。具体的には、眼の後ろに箱(鼻腔腔)の空洞があってそれを響かせるイメージを持つ。腹式呼吸を行う。音や音楽は、いきなり出したり弾いたりするのではなく、まずどういう音を出すか、イメージを描いてから出すものである。また、伝統的には、発声練習は、無理にでも気合いでやるように言われて来ていた。しかし、私は、コロナ下の自粛生活を機会に、発声の仕組みの知識を一から学び、西洋の声楽の発声、その他のジャンルの発声等学んだところ、ある共通点を見つけた。自分の発声を一から見直したところ、声の幅が広がり謡える様になった、云々。

最初の開けたメールのやりとりを始め、敷居を下げ、公開することは公開していく。今回の体験レッスンで印象深く感じたのは、その開けていて、先に進もうとするご意欲である。

後記

帰り際。この後、舞踏の大御所の方が来ますよ、玄関先で擦れ違うでしょう、と。どなたですかと尋ねると、笠井叡(かさい あきら 1943-)さんです、と返って来た。世界の神秘主義思想に拘泥し、独自の踊りを作ってきた方だ。

果たして、玄関を出ると、通りの方から歩いてくる方が。黒いズボンに黒の半袖、がっしりと鍛え抜かれた体が服の外からでも分かる。ストイックに体を鍛える舞踏家に相応しいルックス。黒の大ぶりのサングラス。互いに擦れ違う瞬間、能の稽古場から出て来た若者を見て、思わずわずかに微笑まれたか?

能の体験案内

本記事を読まれて関心持たれた方、ぜひお稽古受けてみては。

重要文化財の方に直に指導受けられる機会は、中々ありませんよ!!

世田谷長山能舞台お稽古案内↓


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