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ロシア留学記④『罪と罰』聖地巡礼

このnoteはドストエフスキー『罪と罰』について盛大なネタバレを含みます。これから読む予定がある方、あるいは文学なんて興味ないぜって方は、残念ながらご退場いただくほかない。万人にわかりやすく寄り添うことはできないし、何よりそのつもりはない。


『罪と罰』の説明をしない

『罪と罰』は、多くの勇敢で向上心のある読者の心をへし折ってきたことで名高い、フョードル・ドストエフスキーの代表作である。
少々ご説明したいところだが、五つのフラフープのように想定外に膨れ上がった前科があるため、ここはWikipediaに譲る。
もうちょい知りたいよって方は、中田敦彦のYouTube大学は結構おすすめ。賛否分かれるだろうが、何でもかんでも無理に原作を読もうとする必要はないと思う。
『カラマーゾフの兄弟』もとてもよい。後者に関しては、ぶっ壊されるでお馴染みのNHKから『100分de名著』も出ている。私は原作を読まずに、NHKに頼った。受信料払ってるんだし。
読もうと思って永遠に読まないよりは、まずは知るほうが人生豊かになると思う。

あ、そうそう。
『罪と罰』は実話ではないが、実際の地名が出てくるため、舞台は特定することができる。聖地巡礼と勝手に呼んでいるのはこのためだ。
原作は高3の時(たしかコロナの休校期間)に気の迷いで読んだだけだったので、この1週間はKindleでコツコツ復習していた。読み終わらなかった。
読んだ訳は光文社古典新訳文庫のものということを言い添えておく。

あと、何かの間違いでガチの方の目に止まってしまうと困るので保険をかけておくと、別にドストエフスキーガチ勢ではない。どうか許してください。

トレチャコフ美術館にて。ペローフの描いたドストエフスキー。

舞台を歩く

コースをざっと挙げると、こんな感じ。地名については、亀山郁夫訳『罪と罰1』(光文社古典新訳文庫)の巻末に解説がある。
『地球の歩き方』にも割合充実したガイドがあるので、興味がある方は見てみるといいかもしれない。

  1. センナヤ広場

  2. コクーシキン橋(作中ではK橋)

  3. ドストエフスキーが『罪と罰』を執筆したアパート

  4. ラスコーリニコフの下宿

  5. ユスポフ庭園

  6. 金貸し老婆の家

  7. ヴォズネセンスキー橋(V橋)

  8. ソーニャのアパート

  9. (センナヤ広場で昼休憩)

  10. イサク聖堂

  11. (関係ないけど元老院広場)

  12. ペテルブルク大学

  13. ネヴァ川を眺める

  14. (ペトロパブロフスク要塞)

  15. (疲弊し切った帰り道)

センナヤ広場周辺

さて、まずはセンナヤ広場へ向かう。物語の始まりであり終わりであると言っていいだろう。主人公ラスコーリニコフが最後に広場の中央に口づけをした、あそこだ。

センナヤ広場。普通の風景なので、ぶっちゃけ感慨はそんなになかった。

特に何があるわけでもないので、次の場所へ向かう。

徒歩で5分ほどで、「K橋」が見えてくる。冒頭でラスコーリニコフが歩いている場所だ。
個人的に、この後のいやーな夏の暑さの描写が好きなので引用する。
すっごい嫌。テンションが下がる。

通りはひどい暑さで、しかも息づまるような熱気と雑踏、あたり一面の漆喰、建築の足場、れんが、土ぼこり、そして、別荘を借りる余裕のないペテルブルグっ子ならだれもが知る、あの、夏特有の悪臭ーこれらすべてがたちまり、そうでなくても調子の狂った青年の神経を、不快にかき乱した。ペテルブルグのこの界隈に特に多い居酒屋から流れてくるたまらない悪臭と、平日にもかかわらずひっきりなしに出くわす酔っぱらいたちが、胸糞悪くなるような陰惨な町の光景に、最後の色どりを添えていた。

ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『罪と罰1』(光文社古典新訳文庫 Kindle版、1%)

橋を越えると、すぐにピンク色の建物が見えてくる。
まさにドストエフスキーが『罪と罰』を執筆した場所だ。

今は床屋さんになっている。
「1864-1867年の間、
ドストエフスキー(Достевский)がここに住んでいました。
ここで『罪と罰』を書きました。」
みたいなことが書いてある。

もう1ブロック進むと、なんとラスコーリニコフが住んでいた(もちろん設定は架空の)アパートがある。
初見で入ったら、打算を見抜かれて罵倒されそうだ。

バリバリに人が住んでいるようだ。
モニュメントがある。

その後、何度か登場するユスポフ庭園を眺めたり、早めの夕食と朝食なしが祟ったお腹ぺこぺこ状態に耐え忍んだりしながら歩みを進めた。なんなら意識がやや朦朧とするレベルでお腹が空いていた。
頭もおかしくなっていたので、「ラスコーリニコフが通った道を歩きながら、彼のの精神面まで体験してる!」という意味のわからない興奮を感じた。

少々歩き、お次は金貸し老婆のアパート。つまり、あの殺害現場だ。
事を終えた後のラスコーリニコフさながら、空いてる部屋に入って誰かの足音を聞きながらドキドキしたりしたかったが、さすがにモラルが勝った。

金貸し老婆のアパート。なんとなくリッチな雰囲気。

さあ、次はセンナヤ通り近辺では最も楽しみだった場所、ヴォズネセンスキー橋だ。
ラスコーリニコフの前で少女が身投げをし、その直後にマルメラードフが馬車に轢かれたあの橋である。
なるほどこの川に飛び込もうとしたのか、彼はこの通りで轢かれたのか、カテリーナはここで発狂していたのかと、様々なシーンを回想する。

橋から見える景色。

一通り雰囲気を感じて自己満足タイムは終わった。
さあ、次はソーニャの家に向かおうと歩みを進める。
すると、自分の想定していなかったもう一つの橋があった。
地図をよくよく眺める。

橋違いだった。

誰かと一緒に来て解説するとかいうシチュエーションじゃなくて本当によかった。穴があった入りたいとはこのとこである。
気を取り直して本来の目的地へ。
デジャヴなのでさっきほど盛り上がらない気持ちと、こっちが正しいので気分を上げねばという本末転倒な義務感の板挟みにあった。

こっちがヴォズネセンスキー橋。遠目に見えるのが間違えた橋。

自分の惨めさに若干肩を落としながら、午前中のラストスパートに気持ちを切り替える。
今度こそ、ソーニャのアパートである。つまり、スヴィドリガイロフが住んでいた場所でもある。
私の浅い読みの中では、スヴィドリガイロフは結構好きだ。いいキャラしてると思う。

当たり前だけど、普通のアパートにしか見えない。

最後のドゥーニャとのやり取りは一番印象に残ったシーンと言っても過言ではない。


鍵をかけられた部屋に二人、ドゥーニャはスヴィドリガイロフにピストルを向ける。

これほどに美しい彼女を、彼はこれまでいちどとして見たことがなかった。ピストルを上げたその瞬間、彼女の目にぎらりと燃えあがった炎に全身を焼かれたような気がし、きりりと胸がしめつけられた。彼が一歩足を踏みだしたとたん、銃声がとどろきわたった。弾丸は髪をかすり、背後の壁に当たった。彼は足をとめて、低い声で笑いだした。

ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『罪と罰3』(光文社古典新訳文庫 Kindle版、64%)

打ち損じ、何もできないドゥーニャに彼は近づく。死の恐怖も感じず。腰にそっと腕を回す。

「放して!」祈るような声で、ドゥーニャは言った。スヴィドリガイロフはぎくりと身ぶるいした。敬語ぬきのこの口ぶりには、さっきまでとは異なるひびきがあった。 「じゃ、愛してないのかい?」低い声で彼はたずねた。 ドゥーニャは首を横にふった。 「で……愛せないんだね?……これからも?」絶望にくれて彼はささやいた。 「そうよ!」ドゥーニャもささやいた。
 スヴィドリガイロフの心のなかで、おそろしい無言のたたかいの一瞬が過ぎていった。

ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『罪と罰3』(光文社古典新訳文庫 Kindle版、64%)

彼はドゥーニャに部屋の鍵を与え、出るように促す。
こっからはかっこいい(ど主観)。ソーニャに金を渡し、ホテルで母に怯える女の子を助け、アメリカに旅立つ。
そして「スヴィドリガイロフは引き金を引いた」


イサク広場

ここからは語ることはあまりない。たくさん歩いてつかれた。

イサク大聖堂と広場。凶器とかを隠したところ。

ネヴァ川

ネヴァ川の存在感はすごい。めちゃきれい。

左にうっすら見える塔がペトロパブロフスク。右奥の緑がかった建物がエルミタージュ。
イサク大聖堂(右手)はでかすぎてどこからでも見える。

老婆の殺害後、ラスコーリニコフは徘徊中にラズミーヒンの家にたどり着く。彼の家を出て、みすぼらしい身なりから乞食と思われ20コペイカを恵んでもらった。
それを握りしめ、ネヴァ川に架かる橋から街を眺める。

 二十コペイカ銀貨をにぎり、十歩ほど歩いたところで、ネヴァ川のほうへ、冬の宮殿が見える方向へ顔を向けた。空には一片の雲もなく、ネヴァ川にはめずらしく、水はほとんどコバルト色に輝いていた。礼拝堂まで二十歩たらずのこの橋の上から見ると、聖堂の丸屋根は、ほかのどこの場所よりもきわだって美しく見えるのだが、その丸屋根がいまもまばゆく輝き、澄んだ空気をとおして、ひとつひとつの細かい装飾までがあざやかに見分けられるほどだった。

ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『罪と罰1』(光文社古典新訳文庫 Kindle版、55%)

ペテルブルク大学

ラスコーリニコフの大学は入れなかった。
ちゃんと入口に行けば入れてもらえたかもしれないが、面倒だった。

「ここは閉まってるから他の入口から入ってね」みたいなことが書いてある。

巡礼を終えて

この日は歩いた。というかペテルブルク滞在中はかなり歩いた。
3日間で45キロ弱。
モスクワ到着初日には及ばないが、運動不足にはかなり応える距離だ。
ギリギリ交通機関を使うまでもない距離に何かがあるので、ケチ心を刺激してくれる。

街を歩き回るのは好きだが、歩く体力がないという致命的な欠陥を痛感し、帰国したらもうちょい運動しようと心に誓った。
そんな心が折れそうになるウォーキング時間に寄り添ってくれたポッドキャストにはお礼を言いたい。
特にCOTEN RADIO。ここで聴いていたテーマは「日露戦争」である。

今回のnoteの前後話はこちらから。


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