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東のコンポジットボウと西のセルフボウ - 1

歴史的な弓には大きく分けて三つの種類があります。
セルフボウラミネーテッドボウです。

セルフボウとコンポジットボウそれぞれどんな特徴があり、いったいどちらが弓として優れているのでしょう?
そもそもセルフボウとコンポジットボウとはどんな違いがあるのでしょうか?
今一つわからない、セルフボウとコンポジットボウの世界をHistorical Archery Club Japan (HACJ) と一緒に旅してみましょう!

削り出しの弓と接着の弓


セルフボウとは一本の木から削り出して作った弓のことで日本では丸木弓と呼ばれます。
弓を引く側に向かって軽く湾曲して準反りになっているか、ほぼ真っ直ぐで有名なイギリスの長弓部隊が使用していたものはこのセルフボウのロングボウ (長弓) です。

弓単体、弦を貼った状態、弦を引いた状態



ラミネーテッドボウはいくつかの木を重ねて動物のコラーゲンから作られる接着剤 (膠=にかわ) で貼り合わせた弓の事で日本語では積層弓と訳されます。

ラミネーテッドボウの側面、主に二〜三種類の異なる木を接着剤=膠で貼り合わせています、
膠の原料コラーゲンはギリシア語の「コラー=接着剤」と「ゲン=素」が語源


ラミネーテッドボウの中で動物の腱、木、骨、角などの複合的な素材を貼り合わせて作った弓をコンポジットボウと呼び日本では複合弓合成弓と訳されます。
コンポジットボウのほとんどはその耐久力が可能にした、弓を引く側と反対側へ 反り返らせた (リカーヴさせた) 特徴的な形で設計されています。

複合素材により弦を張る方向とは逆に、反り返らせた「リカーヴ」構造のコンポジットボウ


簡潔に大別すると、
セルフボウ
ヨーロッパの大部分で使用されていたロングボウなど単一木の弓。

ラミネーテッドボウ
材料を貼り合わせた弓の総称。

ラミネーテッドボウの中にいくつか分類があり、大きく下記の様に分かれています。

> コンポジット リカーヴボウ
複合的な素材を貼り合わせてた弓で、コンポジットボウは基本的に逆反り (リカーヴ) 構造をしているのでコンポジットボウとリカーヴボウは歴史的な弓においてはほぼ同義語なのですが、現代アーチェリーや弓道で使う化学素材の弓もリカーヴしているため、歴史的なリカーヴボウを指す場合、コンポジットボウまたはコンポジット リカーヴボウと呼ぶ方が誤解がないと思います。

弦を張る側と反対に極端に湾曲した構造で反発力を高める構造



> ラミネーテッド リカーヴボウ
複数の木材を重ねて貼り合わせて逆反り状になった弓、歴史的なコンポジット リカーヴボウのリプロダクト商品 (フルコンポジット素材で作られたリプロダクト品は非常に高級です!) 、竹の層を貼り合わせた伝統的な和弓もこの分類 (厳密に竹は木ではないですが) でです。

逆反り (リカーヴ) 構造だがコンポジットほど極端な逆反りにはならない



ラミネーテッド ロングボウ
18世紀以降のイングリッシュロングボウに見られる様な準反り、もしくは反りの無い弓でロングボウの改良版とも言えます。

形はセルフボウのロングボウだが、複数の木を貼り合わせて強化している


いろんなボウが出てきて混乱しそうですが、大陸の歴史的な弓は大きく分けてセルフボウと、コンポジットボウ (リカーヴボウ) です。

コンポジット/リカーヴボウ (左) と、セルフ/ロングボウ (右)


東のコンポジットボウ

ヨーロッパから見て東では古くから複合素材を貼り合わせたコンポジットボウが使われてきました。
その素材の強度が、弦を張る方向とは反対側に反り (リカーヴ) 、湾曲した構造を可能にしたため、比較的小型にも関わらず強力で射出力の高い弓を作ることができました。

こうした弓はユーラシアステップの遊牧民およびその南北に隣接した地域の騎馬民族たちによって馬上で運用されました。
騎馬遊牧民たちは小さい頃から馬に乗り、この様な弓を使って狩をしてきた馬上弓のエキスパートたちです。彼らにとって弓は物心ついたときから使っている日常の生活道具でした。

ユーラシアステップ帯、西は黒海周辺のウクライナやハンガリーあたりから、東はモンゴルや満洲あたりまで広がる草原地帯

西のセルフボウ

一方、ユーラシアステップ帯が終わる東ヨーロッパのハンガリーを境にして西側に行くと、今度は一気に馬上弓の文化もコンポジット (複合素材の) リカーヴ ボウも姿を消します。
馬上弓が姿を消す理由の一つにステップ (草原) 帯に変わって森林が多くなるので遊牧民がいなくなるのと、森林の多い地帯では馬上弓が上手く運用できないのも理由だと思われます。

コンポジットボウに変わってヨーロッパで使われるのは「セルフボウ」と呼ばれる一本の木から削り出されるいわゆる丸木弓と呼ばれるもので、セルフボウに使われる木は最上質なものはイチイの木、ついでトネリコ、ブナ などです。

木の強度としなりを利用しただけの原始的でシンプルな道具です。

セルフボウの代表格、イングリッシュ ロングボウ


セルフボウは木を削り出して時間をかけて曲げてしならせてゆくだけなので非常に安価で、製作が比較的容易でした。
おまけに草原地帯と違って森林地帯にはセルフボウ製作に適した良質な木がたくさん生えているため、わざわざコンポジットボウを作る必要もありませんでした。

代わりにコンポジットボウと比べて木そのものの反動エネルギーだけに頼るので、強力な弓を作るには大型化する必要がありました。

さらに戦場は常に進化ていきます。
鎧、盾、戦術が進歩していくと当然より強力な弓が必要になり、大型で現代の人間では考えられない様なドロウ ウェイト (弓を引く=Draw のに必要な力) の弓を使う様になります。

ドロウ ウェイトは弓を引く力での値ですが、弦をある一定の位置まで引っ張るのにかかる力を重さ (イギリス式の度量、ポンド) で表します。
これを弓道では弓力、現代アーチェリーではポンドと通称されます。

弓道の平均的なドロウ ウェイトは33ポンド (約15kg) 前後、現代アーチェリー で35ポンド (約16kg) 前後、我々HACJの様なヒストリカル アーチェリーでも45ポンド (20kg) あたりが無理なく数時間射続けられる妥当な重さとなっています。

しかし16世紀に沈んだイギリスの軍艦「メアリーローズ号」から引き上げられた百数十本のロングボウは全て100ポンド (約45kg) から180ポンド (約82kg) のウォーボウ (戦弓) と呼ばれるもので、そのうちのほとんどは150〜160ポンド (約68kg〜73kg) というヘヴィー ウォーボウでした。
当時のロングボウがいかに強力だったか、戦場でいかに強力な弓が必要だったかがわかります。

16世紀のイギリス戦艦メアリーローズ号


次記事「東のコンポジットボウと西のセルフボウ - 2」に続く

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