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エリアF -ハレーションホワイト- 12

 瞬間移動して、突然見た事のない景色の中に放り出されたぼくは、驚きとともに強い恐怖を感じた。しかしここで心を乱しては、戻れるものも戻れなくなる。慎重に自分の置かれた環境をスキャンしてみた。現実世界に戻れなくなるのは最悪の状態であるが、ここでへたな事をして、Webのシステム管理者にぼくの行動がばれれば、重大な違法行為、ぼくの将来はもうなくなってしまう。大急ぎで、しかし慎重に、ぼくはぼくの置かれた状況を探っていった。

 どうやらここは、Web空間のはずれらしい。あたり一面の荒野だった。現実世界ならば荒野と言えば岩だらけ、あるいは砂の丘が延々と続くところだが、Webの荒野は、デジタル空間のx、y、zの3つの座標軸がただ広がっているだけである。Web世界での開発が今後まだまだ続けることができるように、巨大なメモリが割り当てられている。つまり、Webには広大な仮想空間が確保されているということである。どうやらぼくは、その果ての果ての、最果さいはてのあたりにいるようだ。

 ぼくが高速で空を飛ぶ技術を身につけ、どこまで行けるのか挑戦した時に、たしか36~37時間かかってたどり着いた場所に、ここは似ている。何もない、真っ平らな空間ではあるが、あの時に感じた匂いと同じものを感じる。

 もしここが、ただのWeb空間のはずれなら、スキャンするのも安全である。しかし、ここが政府の管轄する不可侵領域であれば、へたにスキャンをかければ、たちまち見つかって捕まってしまう。

 Web内は大きく5つの領域に分けられていた。A管理域は、誰もが自由に移動してよい領域である。B管理域は、年齢制限のある領域である。15歳未満の子供は立ち入る事ができない。C管理域は、私的領域で、その持ち主(借り主)以外の立ち入りは禁止されている。例えば先にぼくが「カバ」を連れて行った、レンタルハウスの中も、C管理域に相当する。C管理域以降の領域への許可のない立ち入りは、法的な罰則の対象となる。D管理域は、司法、立法、行政など公の機関が使用する領域である。D管理域への立ち入りが許されるのは、三権の長およびそれらの者が許可を与えた、ごくわずかな人間しかアクセスできない。

 E管理域は特殊な領域である。ここには誰も立ち入ることができない。なぜならここには、公的な記録はもちろん、生まれてから今に至るまでの個人のデータ、組織のデータなど、世の中に存在する全ての記録が、保存されているからである。いかなる権力を持った者も、ここには立ち入る(アクセスする)ことができない。

 いかなる者も立ち入ることのできないのに、それでデータを保管している意味があるのかというと、それは十分にある。ここには「人間は誰も」立ち入ることはできないが、クオンタムシステムはアクセスすることができる。メインクオンタムシステムがこの領域を無人管理していて、必要に応じて自動的にD管理域以下の領域にコピーして渡す仕組みになっているからである。個人情報の守秘は大切なことである。とはいえ、過去の時代ならば、公務員であれば個人情報であっても閲覧することができた。今の時代はいかなる個人情報にも「人間は」アクセスすることができない。過去より遥かに、システムは進歩している。

続く


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