「名言との対話」3月11日。二階堂 暹「ここで生まれ ここにいる ーーわたしは麦100% 大分むぎ焼酎 二階堂」

二階堂 暹 (にかいどう・あきら 1930年3月11日〜2006年9月16日)は、 大分麦焼酎の代表的なメーカーである二階堂酒造有限会社の社長。

二階堂酒造の歴史をながめよう。1866年二階堂酒造場(屋号/喜和屋(きわや))創業。1951年、二階堂 暹(六代目)が杜氏となり麦による麹の製法開始。1973年、はだか麦100%を使用しての「むぎ焼酎」を開発。1974年、むぎ100%のむぎ焼酎を発売、むぎ焼酎ブームの火付け役となる 。

1979年、むぎ焼酎への使用法の研究を進め、1973年麦独特の風味ある焼酎の開発に努め、むぎ焼酎製造メーカーの先駆者として県内企業の経営安定をはかり、麦消費量の増加に努めた功績により、農林水産省より「第一回食品産業優良企業賞」受賞(全国酒造界で唯一社)。1995年、二階堂暹が代表取締役会長に就任し、二階堂雅士が社長となる。この間、「熊本国税局酒類鑑評会」において毎年優等賞受賞。

2016年に母と別府へ旅行した時、1994年に開館した日出町の二階堂美術館を訪問したことがある。今思えば建設したのが二階堂暹だった。珍しい近代日本画専門美術館で、もともと集めていた近世の南画などに加えて、日本の近代画も蒐集し、2016年現在では950点にのぼっていた。その日の企画展はどうぶつの絵画で「にかいどう動物園ーー日本画家が描く動物画の世界」。虎、鷹、馬、鶴、鶴、猫、犬、椋鳥、鳩、イタチ、栗鼠。狸、兎、黒兎、猿、孔雀、軍鶏、丹頂鶴、、、、。奥村土牛、竹内栖鳳、加山又造、速水御舟、橋本関雪、横山大観、小林古径、小杉放庵、前田青屯、杉山寧、上村松園、などの名画を堪能した。

二階堂酒造は、 むぎ焼酎の「二階堂」と「吉四六」(きっちょむ)が代表的商品だ。最近、立川清澄のことを調べていて、1973年、出身地である大分県の民話にちなんだ創作オペラ「吉四六昇天」(清水脩作曲)に特別出演した映像をみた。大分県中南部で伝承されている、とんち民話の主人公の吉四六は40代半ばの立川清澄だ。馬の糞から銭が出てくる話など。「おもうちょる」「売っちゃる」など、懐かしい方言がふんだんにでてくる。二階堂酒造のむぎ酎「吉四六」はこの民話に因んだ命名だ。同じく大分県宇佐市の焼酎の名前にもなっている「いいちこ」という方言も中津出身の私にはなつかしい。

この会社は哀愁とノスタルジーを誘う芸術性が高いテレビ・コマーシャルなどの広告が有名だ。1987年より放送が始まって、毎年テーマが変わる。1987年「自然」。1988年「水の旅」。1989年「街の夢」、1990年「刻のオブジェ」、1991年「森のオルガン」、1992年「私の道」。1993年「文士」、1994年「風の棲む町。ここまでは二階堂暹の社長時代。 、、。2017年「人生の特別な一瞬」「島影の詩」。2018年「伝え合う力」。2019年「本を読む人々」では、「いつのまにかつぶやきすら大声になってしまった。出口のない喧噪の中で、沈黙だけが語る続ける」とのナレーションが入る。2020年「記憶の結晶」では、「風の歌で眠り、雨のささやきで目覚めた。残されたのは、記憶をノックする匂い。行き場のない記憶を、三日月だけが照らしている。むぎ100%大分むぎ焼酎 二階堂」とのナレーションが映像とともに流れる。

それぞれ素敵な出来栄のCMで、二階堂暹の人生観、世界観、宇宙観が刻まれていて好もしい。1992年の「森のオルガン」のナレーションは「ここで生まれ ここにいる」だ。主人公として擬人化された麦焼酎が語る言葉だが、二階堂自身の心持だろう。2020年版をみてもそのトーンは続いている。社長を退いてから四半世紀、二階堂暹のDNAはまだまだ生きている。

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