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「名言との対話」 12月19日。マルチェロ・マストロヤンニ「俳優が泣かせるのは観客なのであって、自分が泣いてしまってはだめなのです」

マルチェロ・ヴィンチェンツォ・ドメニコ・マストロヤンニ(Marcello Vincenzo Domenico Mastroianni, 1924年9月28日 - 1996年12月19日)は、20世紀のイタリアを代表する映画俳優。

「甘い生活」「ああ、結婚」「ひまわり」「ミス・アリゾナ」など生涯で170本の映画に出演した。日本公開作品だけでも、75本を数えており、私も何本かはみている。年間3本近くコンスタントに出演していることになる。日本公開時のパンフレット表紙には、以下のようなあらゆるタイプの美女との写真が並んでいる。本人は否定するが、「永遠のプレイボーイ」と呼ばれたのは無理もない。

S・バンパニーニ、M・シェル、I・コーレイ、J・モロー、G・ロロブリジーダ、J・ササール、A・エクバー、C・カルディナーレ、B・バルドー、S・ローレン、L・アントネッリ、シルヴァーナ・マンガーノ、V・チアンゴティーニ、U・アンドレス、F・ダナウェイ、C・ドヌーヴ、N・キンスキー、ハンナ・シグラ、ヴィットリオ・ガスマン、J・アンドリュース、、、。

結婚は26歳でのフローラ・カラベッラとの一度だけであるが、「本当に自分が心底愛した女はエクバーグとドヌーブの2人だけだった」と語っている。長年の愛人カトリーヌ・ドヌーブとキアラの母子は晩年のマストロヤンニの看護も行い、臨終にも立会っている。

彼ほど生命の鼓動を感じさせる言葉を残した俳優はいない。映画「思い出します。そう、たしかにわたしは、、」の中のマストロヤンニの言葉で構成された「マストロヤンニ自伝」から「俳優」という仕事い関わる言葉拾ってみよう。

「わたしのような仕事をしていると、本物の人生が逃げていくように感じてしまいがちです。、、わたしの人生ときたら、、、。そうです、まるで常に幕間に生きていたようなものなのです。」「ところが、現実のわたしは、ごく普通の人間です。」「わたしは俳優として働くことで成功を得たのです。色男としてではありません。」「夫と妻の役をやらせて、わたしたち(ソフィア・ローレン)よりもぴったりくる配役が、ほかに考えられますか。」「俳優は楽しむためにある仕事なのです。」「この仕事はほんとうにすばらしいものです。遊ぶためにお金をもらているようなものです。」「俳優が泣かせるのは観客なのであって、自分が泣いてしまってはだめなのです。」「建築家なら、形あるものを作り、それが後世に残るではありませんか、わたしのように俳優をやっていては、いったい何が残せるというのでしょう。せいぜい壁に映し出された影法師といったところでしょうか。」「浮き沈みはありました。それでもやはり運には恵まれたと思うのです。」

この俳優の精神はヨーロッパ的な教養の源である先人の言葉で形作られていた。チェーホフ、ディドロ、カフカ、プルーストなどの言葉も自在に引用する教養人だった。人間の精神は先人の名言で形作られるもいえる。私の「名言との対話」も自分の精神を再構築していることになるのだろう。それがひいては日本人の精神の再興につながると信じて続けていこう。

マストロヤンニは建築物が好きだった。それは後世に形あるものを残せるからだ。漱石も最初は建築家を志したことがあるが、文学のピラミッドをつくたことを思い出す。しかし彼の天職であった俳優も捨てたものではない。自分が演じた役柄の映像は同時代の人々の頭の中にしっかりと生きるだけではない。後世の人々もその演技を楽しむことができるから俳優という仕事はも人々の精神に影響を与える。とくにマストロヤンニのような名優は、人々の人生に深い影響を与えるのだ。マストロヤンニは映画のピラミッドをつくった。

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