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「名言との対話」4月7日。團伊久磨「人はさまざまであって、さまざまである事こそ、人が人であり、世の中が世の中である所以なのだろう」

團 伊玖磨(だん いくま、1924年4月7日 - 2001年5月17日)は、日本の作曲家、エッセイスト。

祖父の團琢磨は三井合名会社理事長で男爵。男爵を引き継いだ父の團伊能の子。

東京音楽学校作曲部に入学。音楽学校に在籍のまま陸軍戸山学校軍楽隊に入隊した。軍楽隊ではバスドラムを担当し、芥川也寸志とともに編曲も担当した。1950年代にはイギリスに留学。

作曲家としてはオペラ、交響曲、歌曲などのいわゆるクラシック音楽のほか、童謡、映画音楽、放送音楽と幅広いジャンルの作曲を手がけた。「豊かな音楽で世界中を暖かくしたい」という願いを持っていた。

クラシック音楽から童謡、映画音楽、校歌まで幅広いジャンルで今も親しまれる曲を残した作曲家。代表曲はオペラ『夕鶴』、童謡『ぞうさん』『おつかいありさん』『カタツムリ』『やぎさんゆうびん』、『ラジオ体操第二』など多数ある。また、皇太子だった明仁親王(令和時代における上皇陛下)の成婚を記念して『祝典行進曲』を作曲したことや1964年の東京オリンピックの開会式および閉会式に『祝典行進曲』を演奏したこ。。同じく昭和を代表する作曲家・山田耕筰に師事し生涯の師と仰いでいた。

エッセイ「パイプのけむり」は1964年に『アサヒグラフ』で連載を始め、2001年に同誌が休刊するまで連載を続けていた。最終回では「自分が死ぬのが先か雑誌が休刊するのが先か」どっちなのだろうと予想していたと書いている。そして雑誌休刊の翌年に死去する。

『パイプのけむり』は、1974年から2001年までの36年間で、1842本の名随筆があり、刊行順に計27巻の単行本になっている。「続」「続々」「又」「又又」「まだ」「まだまだ」「も一つ」「なお」「なおなおあ」「重ねて」「重ね重ね」「なおかつ」「まあyたして」「さて」「ひねもす」「よもすがら」「明けても」「暮れても」「晴れても」「降っても」「さわやか」「じわじわ」「どっこい」「しっとり」「さよなら」という言葉が「パイプのけむり」についていて、ファンがついていることがわかる。『パイプのけむり』『続パイプのけむり』は第19回読売文学賞(随筆・紀行)を受賞している。

そして、結果論ではあるが、その内容をあるテーマで編集すれば、たちどころに本ができあがるようになっている。「食」、「話」、「旅」、、、。私はたまたま「食」を読んだ。団伊久磨の博識とこだわりが日常の中に見えてくる名エッセイ集だ。毎回分量が少し違うが、4000字詰原稿用紙で7枚から15枚ほどの内容である。

音楽家として、大きな仕事は八丈島にこもって仕事をする。その時は、鮭の中骨の水煮、燕スープ、銀杏の水煮、モランボンの特製参鶏湯の中缶、野田岩の鰻の蒲焼の冷凍パック、ラーム・チョップ用の子羊の骨付き肉の冷凍、泰国産の米、、、、などを選んで送るそうだ。

美食家の檀一雄と一緒に八丈島に住んだこともある。ちなみに「解説 ダン違いの團さんのこと」は、檀一雄の娘の檀ふみである。

食べない食べ物もあげている。鮨は好まない。殆ど蕎麦を食べない。味噌汁はほとんど飲まない。火の温度が残っているものを食べる。

食に関する蘊蓄が楽しい。外郎のいわれ。「食べ合わせ」では、魚の鮨に大蒜、鰻に銀杏、林檎と砂糖、蒟蒻と胡瓜、蕎麦と納豆、天婦羅と氷など意外な組み合わせについても指摘している。

以下の主張がある。「人間が美食を追求するために、動物に特殊飼育を施こす事に興味を持っている」「味覚は、本来、危険なものが口を経て体内に入ることを防ぐための大切なチェックが役目だったと思う」「西洋人の動物愛護精神というものは頭から信用していない」「旅人として訪ねる国の言葉が出来無いという事は、既にその事が向こうの人から見て、「無教養」であり、「落ち度」なのである」「江戸から明治・大正の味が本命であろう」「昼御飯のためにも、勝鬨のにオフィスを移して良かったと思う」「今流行の薄っぺらなグルメ人種などではない」

しかし、結局は「人はさまざまであって、さまざまである事こそ、人が人であり、世の中が世の中である所以なのだろう」と達観している。しかし食に対する覚悟と執着には恐れ入った。

仕事のスタイルについては、作曲中は一切の来信は読まないそうだ。八丈島に籠城するのも外界からの邪魔を避けるのだろう。オペラのオーケストラ総譜など大きな仕事が終わると「産後休暇」と称して一週間ほど頭と手を休める習慣がある。産休が一ヶ月以上だと、次に筆を執る時に気が重くなりすぎるし、勘も狂うと語っている点は参考になる。倦まずたゆまずライフワークに取り組んで行けという団伊久磨のメッセージを聴いた感じがする。

「作曲と文章」が生活の中心だが、それ以外で大切にしているのは、日本芸術院第三部部長職、神奈川県芸術文化財団の芸術総監督、日本中国文化交流協会会長、放送文化基金楊議員、東京動物園協会理事など。

蓄積の醍醐味を十便に堪能した。自分は自分と考えて、自分のテーマに沿って、いつまでも続けること、それが蓄積となっていくこと、いつか代表作となることがある。団伊久磨から学ぶべき教訓はそれだろう。

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