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「名言との対話」7月25日。早川和男「福祉は住居に始まり住居に終わる」

早川 和男(はやかわ かずお、1931年5月1日 -2018年7月25日)は、日本の建築学者。

奈良市出身。父は神主、母の実家はお寺。神社仏閣をよく見ていることから建物に興味を持つようになった。奈良高校を経て京大工学部建築学科卒。1955年に日本住宅公団に入り1962年建設省建築研究所の建築経済研究室長などを経て、1978年に新設の神戸大学工学部環境計画学科教授(47歳)。1982年日本住宅会議事務局長。1993年『居住福祉の論理』で今和次郎賞受賞を受賞。

「人間らしい住居の確保は基本的人権である」という理念のもと、「居住福祉」の概念を国際的に展開する「居住学」の第一人者となった。1979年刊行の早川和男『住宅貧乏物語』(岩波新書)を読んだ。過密化、環境悪化、遠距離通勤、生活不便、ローンによる家計圧迫など、住宅の問題を指摘している。加藤秀俊の「通勤電車、奴隷船」説が載っている。満員電車が事故で30分以上動かない時、気分が悪い人や、失神する人がでる。古代ヨーロッパの奴隷船が目的地に着くまでに4人に1人は死んでいた。それに近い環境なのだ。

人生においては突然の不幸は、さまざまな形で襲ってくる。そのとき、住宅に不安があると生活は惨めな状態になる。たとえば交通事故による母子家庭、老人の賃貸拒否、、、これらの指摘は、40数年後の今日も変わっていない。

1995年の阪神・淡路大震災では、老朽家屋の倒壊で多数の犠牲者を出したことから「行政が招いた災害」と指摘した。「確かに大地震である。だが、それを『大災害』にしたのは、このような脆弱な都市にしてきた行政にあるのではないか」。自宅のある神戸で被災した早川は「消防車は何をしているのか。湾岸戦争時のイラク爆撃の光景と同じでないか」と激怒する。2011年の東日本大震災もそうだが、天災が、人災とあいまって、大災害になるのである。

1992年3月発行の「経済科学通信」69号の「研究者群像」でインタビューを受けている。自伝的な内容だ。まず、この人は「血の気」が多い。工高校時代の教師の強制転任反対運動、大学寮の自治会委員長、新設の日本住宅会議の事務局長など、正義感と問題意識が高い人だ。

そして多くの人と交流を持っている。高校時代の斎藤文男(九大教授)、建築研究所時代の下河辺惇(国土庁次官)、「住宅と教育」が大切というイギリス時代の森嶋通夫ロンドン大学教授)、宮本憲一(経済学)、大河一夫(東大総長)、磯村英一(社会学)、日野原重明伊東光晴(経済学)、都留重人、中坊公一(日弁連会長)、、、、。社交性の高い人だった。こういう異分野の人たちを眺めると、新しい分野に関心を持つ人たちが多いことがわかる。住宅問題の中心にいた早川にそういったエネルギーが注がれたのだろう。

ミツカン 水の文化センター」のホームページに神戸大学名誉教授の肩書で「日本の福祉には「居住」が抜け落ちていた」というインタビューが載っている。早川らは「住宅が劣悪だと在宅福祉は困難」と日本居住福祉学会を立ち上げた。住宅は生命を守る。1995年の阪神大震災の犠牲者の98%は家の倒壊が原因であるという。寝たきり老人の原因では脳卒中、老衰の次に多いのが住宅などでの骨折だ。予防福祉のポイントは住居なのだ。福祉政策に「住居」が抜けている。ヨーロッパでは「福祉は住居に始まり住居に終わる」という言葉も紹介している。ストックとしての住居に心配が無ければ、フロー所得の差はそれほど大きな影響はなくなる。そして生活を支える住居・生活環境である隣人、店、医者、風景、寺社、水辺などのミュニティの存在が重要となる。それらを「居住福祉資源」と呼んでいる。

先ほどの「経済科学通信」の最後には、「人間にとって住居はいかなる存在かという本質を考えること」「境界領域研究が大切であること」「主体的な研究が大切であること」というメッセージを若手研究者に贈っている。そして子どもたちを管理教育から解放して、主体的にテーマを考えさせることが重要だという。「人権」という概念も、既存の枠組みから解放させ、住居という視界から再創造することが必要だと主張している。「居住」という切り口から、現代社会の問題を発見し、論じ、進化していく。生活学を提唱する今和次郎を記念した今和次郎賞を受賞しているのにも納得した。


住宅貧乏物語 (岩波新書)

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