見出し画像

「名言との対話」8月30日。有吉佐和子「長編小説一筋に、不器用を力で押しまくるような逞しい作家に成長するよう努めたい」

有吉 佐和子(ありよし さわこ、1931年(昭和6年)1月20日 - 1984年(昭和59年)8月30日)は、日本の小説家、劇作家、演出家。

紀州和歌山県生まれ。父の仕事の関係でジャワ(インドネシア)で育ったお嬢様育ち。東京女子大短大卒。1956年、伝統的世界と近代的教養の世界の対照を描いた『地唄』が芥川賞候補となり文壇に登場した。続いて『まっしろけのけ』、『江口の里』などを発表する。いずれも古典的世界に題材をとっている作品である。

代表作に、故郷の紀州を舞台にした年代記『紀ノ川』『有田川』『日高川』の三部作、そして外科医のために献身する嫁姑の葛藤を描く『華岡青洲の妻』、高齢問題の先鞭をつけた『恍惚の人』、公害問題を取り上げた『複合汚染』、テレビドラマにもなった『開幕ベルは華やかに』などがある女流作家で、曽野綾子らとともに「才女時代」を担った。また、アメリカ留学の成果で黒人と結婚した女性が「私はニグロだ!」と叫ぶ『非色』、北京大学ではごく初期に中国に入ったキリスト教である景教の研究もしているなど、旺盛な好奇心を高い知性でさばいた作品は特に女性たちに人気があった。

『新潮日本文学アルバム 有吉佐和子』を読んだ。岡本太郎との対談では、 伝統を破壊するのではなく、掘り下げて行って、そこから何かを育むことを考えるべきだと語っている。その姿勢は一貫している。

老人問題のさきがけとなり、流行語にもなった『恍惚の人』については、「老いて生きるのは自殺よりはるかに痛苦のことであると悟った」とし、「精神病なのか。老耄は。痴呆。幻覚。徘徊。人格欠損。ネタキリ」と書いている。

テーマ設定については「男が書きもらしているところを、女が書き改めなくてはいけないという意識は常に持っています」という視点をもっていた。そして「「主題は総て私の体から湧き出たもので、どれもこれも現代を生きている私と直接かかわりのある重大な問題なのだ。しかも現代だけでなく、将来も、人間の根底にあるものとして決してcurrentでない筈のものだ」とその意義を語っている。

橋本治はこの本の「彼女の生きた時代」のなかで、「女は自由で、しかしその女の自由を、男達の社会は縛ろうとする」ところに有吉佐和子の作品群のテーマがあるとしている。

この作家の特色の一つは、実社会の苦労がないまま小説を書いたことがあげられる。それまでは林芙美子や平林たい子など、人生の辛酸をなめた女流作家たちが活躍したが、女子大をでたばかりで世に出た、165センチと大柄の才女である。経歴をたどると、1967年の女流文学賞のみの受賞で、不思議に文学賞に縁がない。その原因は「 私は男の嫉妬が如何にすごいものか、はっきり見た」というところにあったようだ。同年生まれで美人の曽野綾子も、土木学会著作賞、正論大賞、日本芸術院賞・恩賜賞、日本放送協会文化賞、吉川英治文化賞、菊池寛賞、そして文化功労者になっているが、やはり文学賞には縁が少ない。曽野綾子は1980年には女流文学賞を辞退している。

「長編小説一筋に、不器用を力で押しまくるような逞しい作家に成長するよう努めたい」との志どおり、長編の問題作を発表し、ベストセラーを連発し、特に女性読者の圧倒的な支持を得た。私も『華岡青洲の妻』『恍惚の人』『複合汚染』『開幕ベルは華やかに』などの本やテレビドラマを楽しんできた。しかし1984年に53歳であっけなく死去してしまったのは惜しい。2020年現在でも、90歳近くの曽野綾子は、常に話題作を世に出しているから、長生きできて不器用を力で押しまくっていたら、有吉佐和子は日本文学史上のさらに重い存在になっていただろう。 「不器用を力で押しまくる」、この精神は継承したいと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?