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名言との対話(平成命日編)5

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2019年5月の記事一覧

5月30日。貴ノ花「弟子を育てるのは根気です。三度挑戦させてだめでももういっぺん、…

貴ノ花 利彰(たかのはな としあき、1950年2月19日 - 2005年5月30日)は、 大相撲力士。 水泳…

久恒 啓一
5年前
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5月29日。 原貢「優勝旗はファイトがあるほうにいく」

「名言との対話」5月29日。原貢「優勝旗はファイトがあるほうにいく」 原 貢(はら みつぐ、1…

久恒 啓一
5年前
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5月28日。小島武夫「博打にロマンなどない。しかし、美学がある」

小島 武夫(こじま たけお、1936年2月11日 - 2018年5月28日)は、競技麻雀のプロ雀士である。…

久恒 啓一
5年前
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5月27日。高峰三枝子「映画よ青春をありがとう、映画よ仲間をありがとう、映画よ歌を…

高峰 三枝子(たかみね みえこ、本名:鈴木 三枝子、1918年12月2日 - 1990年5月27日)は、日本…

久恒 啓一
5年前
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5月26日。津本陽「年齢をかぞえる前に、わが意欲を思え」

津本 陽(つもと よう、1929年(昭和4年)3月23日 - 2018年(平成30年)5月26日)は、日本の小…

久恒 啓一
5年前
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5月25日。川上源一「足元が明るいうちにグッドバイ」

川上 源一(かわかみ げんいち、1912年1月30日 - 2002年5月25日)は、日本楽器製造株式会社(…

久恒 啓一
5年前
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5月24日。大場みな子「結婚生活を退屈させない唯一の方法は、双方が全力をあげて伸びようとすることである」

大庭 みな子(おおば みなこ、1930年11月11日 - 2007年5月24日)は日本の小説家。 敗戦の夏、原爆後の広島市に救援隊として動員される。19歳で夫になる大場利夫と出会う。津田塾大学卒業後、25歳で結婚。小説を書き続けることが条件だった。29歳、夫の赴任先・アラスカで本格的に執筆を始める。11年間の滞米中にアメリカ各地を旅する。32歳、ウイスコンシン州立大学の美術科、大学院生としてマジソンに住む。38歳、アメリカの市民生活を描いたデビュー作『三匹の蟹』で、群像新人

「名言との対話」5月23日。 廬武鉉「私は韓国を変える」

盧 武鉉(ノ・ムヒョン、朝鮮語: 노무현、1946年9月1日〈旧暦8月6日〉- 2009年5月23日)は、韓…

久恒 啓一
5年前
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「名言との対話」 5月22日。石橋博良「気象革命」

石橋 博良(いしばし ひろよし、1947年1月5日 - 2010年5月22日)は、日本の実業家。株式会社ウ…

久恒 啓一
5年前
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「平成の名言」 5月21日。与謝野馨「過去の日本にも往々にしてあったことだが、声の…

與謝野 馨(よさの かおる、1938年〈昭和13年〉8月22日 - 2017年〈平成29年〉5月21日)は、日…

久恒 啓一
5年前
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「平成命日編」 5月20日。由利徹「チンチロリンのカックン」「オシャマンベ」

由利 徹(ゆり とおる、1921年5月13日 - 1999年5月20日)は、日本の喜劇俳優。 1942年芸能界…

久恒 啓一
5年前
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「平成命日編」5月19日。竹中労「人は無力だから群れるのではなく、群れるから無力に…

竹中 労(たけなか ろう、本名:つとむ、1928年3月30日 戸籍上では1930年5月30日- 1991年5月1…

久恒 啓一
5年前
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「平成の名言」5月18日。 魁傑「力士である前に立派な社会人でありたい」

魁傑 將晃(かいけつ まさてる、1948年2月16日 - 2014年5月18日)は、花籠部屋所属の元大相撲…

久恒 啓一
5年前
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5月17日。猪熊弦一郎「うまずたゆまず仕事をする以外にない」

猪熊 弦一郎(いのくま げんいちろう、1902年12月14日 - 1993年5月17日)は、昭和期の洋画家。 東京美術学校に入り、藤島武二に師事するが、同校を後に中退。 本業は画家ということになっているが、版画、デッサン、彫刻、オブジェ、コラージュ、公共空間の壁画、ステンドグラス、モザイク、緞帳、表紙絵、挿絵、デザイン、、などその活躍の分野は実に多彩である。帝国劇場、上野駅の壁画「自由」、東京会館、丹下健三設計の香川県庁舎の壁画、朝日生命、半蔵門線三越駅ホーム、慶應義塾大