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辛口ジャイヴ・ミュージシャンだった初期ナット・キング・コール

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Nat King Cole / Hittin’ The Ramp: The Early Years (1936-1943)

ナット・キング・コールの初期録音集『ヒティン・ザ・ランプ:ジ・アーリー・イヤーズ(1936-1943)』。CDは2019年暮れに出ていたようですから、そのとき話題にするひとがいたかもしれません。サブスクで聴けるようになったのは翌2020年になってから(レゾナンス・レコーズのはいつもそう)。それでぼくみたいな貧乏ゆえの非フィジカル派もようやく楽しめるようになりました。

ナット・キング・コール・トリオの初期、1936年から1943年まで、キャピトル・レコーズに移籍してスター街道を爆進することになるその前の音源を総まくりしたものなんですけど、2019年はナットの生誕100周年でしたから、それを記念して企画・リリースされたものでしょうね。

キャピトルに移籍して以後のナットのことは、もはやいまさら説明する必要などだれにとってもないっていう、そんな大活躍ぶりだったわけですけど、それ以前のナットの音源集大成ということで、CDだと七枚組になるこの『ヒティン・ザ・ランプ』は決定版ですね。レゾナンス・レコーズによる徹底したリサーチぶりで、細部までもらさず<すべて>を収録してあります。

この、キャピトル以前の初期ナット・キング・コール全集、トータルで六時間以上もありますからまとめてぜんぶ一度に聴くというのはむずかしく、ぼくもあちこち拾い聴きしているだけですけど、それでも全体を貫くこの時期のこの音楽家の持ち味みたいなものはクッキリ伝わってきます。

ひとことにすれば洗練されたクールなジャイヴ風味ということで、それは、キャピトル以後、特に偉大なポップ・シンガーとなった1950年代以後のナットからは失われてしまったものなんですね。キャピトル以前の初期ナットはこんなにも辛口で、シブくて、おしゃれで、ユーモラスだったわけです。

活動期が1936年からですけど、ジャズ界はちょうどそのころビッグ・バンド全盛期。もちろんジャイヴ・ミュージックをやる少人数コンボもあるにはありましたが、キャブ・キャロウェイほか、やはりジャイヴをやっていてもビッグ・バンドで、というのが主流でした。

1930年代後半のナットはちょうどそんな時代の常識の逆を行ったわけで、もちろんピアニストとしての腕前を存分に活かせるようにトリオでやったということですよね。このピアノ・トリオという形式だって、モダン・ジャズ時代以後現代までだれひとり疑いすらもしないあたりまえなフォーマットですけど、「いちばん最初」はナット・キング・コール・トリオだったんですからねえ。すなわち発明者。

当時のピアノ・トリオはドラマーの入らないピアノ+ギター+ベースの編成。ナットのやったこれがあまりにもチャーミングだというんで真似されるようになって、さらにビ・バップ以後はギターじゃなくドラムスが入ってのトリオ形態が一般的になり、現代まで継承されています。でも、ピアノ・トリオをジャズ史上はじめてやったのはナットだったんですよ。

また、このころのナットのトリオ(withヴォーカル)は、かなりアレンジされているのもわかりますよね。ジャイヴ・ミュージックとして楽しく聴かせるため、そのユーモア効果を最大限に発揮するため、演奏や歌の細部に至るまで細かく整備されています。決してインプロイヴィゼイション一発ではなかったんですね。そんなウェル・アレンジド・ミュージックだったというのもこのトリオの大きな特色で、好みなところです。

また歌もさることながら演奏にかなり比重が置かれているというのもこの時代のナット・キング・コール・トリオの聴きどころ。もちろんナットのヴォーカルは最初余技ではじめただけのもので、もともと専業ジャズ・ピアニストとして出発したから、というのもあります。録音を聴けば、演奏内容でクスッと笑わせる痛快なジャイヴ・テイストをかもしだしているのがわかりますよね。キャピトル移籍後だってはじめのうちはインストものもやっていましたが、その後ヴォーカルに専念するようになってしまいました。

もっと正確に言えば、演奏と歌のバランスがよいのがこの時期のナット・キング・コール・トリオで、徹底したアレンジで歌と演奏を不可分一体化させて、独自の洗練とユーモアで、ジャイヴ風味の強いジャズをやっていたというのが真相です。

豪華で瀟洒なオーケストラ伴奏で「モナ・リーサ」「枯葉」「トゥー・ヤング」「ネイチャー・ボーイ」「スターダスト」などを優雅に歌うポピュラー・シンガーとしてのナット・キング・コールしか知らなかったら、はっきり言ってひっくりかえるといいますか、はたして同じひとなのだろうか?と思ってしまうほどでしょうね。いままでナットの甘いポップ・ヴォーカルが苦手だなぁと思っていたみなさんにもオススメです。楽しいですよ。

(written 2021.1.13)

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