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山口百恵(2)〜 1976/77年を転機とする飛躍

(5 min read)

山口百恵 / GOLDEN☆BEST コンプリート・シングルコレクション

きのう書いた記事は CD アルバム『GOLDEN☆BEST コンプリート・シングルコレクション』のディスク1収録曲のことなんですけど、その序盤は山口百恵の声がまだまだ幼くて、その意味でもちょっと聴けないなと思っていました。百恵の声が歌手として成熟したのは、たぶんデビュー三年後の「横須賀ストーリー」(1976)のあたりからでしょうね。百恵の自我を確立した一曲で、歌わされるアイドル歌手、男性のために従順に尽くす女性といった旧来の日本的被抑圧型女性像から脱却したきっかけでした。

「横須賀ストーリー」は阿木燿子・宇崎竜童コンビによる曲で、それは百恵にとって初チャレンジでした。メガ・ヒットしましたし(たしか百恵の全シングル曲中第二位の売り上げ)、またその後の「イミテイション・ゴールド」「プレイバック part 2」「絶体絶命」「ロックンロール・ウィドウ」など、一定の路線に踏み出す最初のきっかけでした。「横須賀ストーリー」がなかったらその後の百恵もないということで、大きな意味を持つ一曲でしたね。

アルバム『GOLDEN☆BEST コンプリート・シングルコレクション』を聴いていきますと、ディスク1で「横須賀ストーリー」のすこしあとに「初恋草紙」(1977)が収録されています。これが個人的にはたいへんに印象深い佳曲です。書いたのはやはり阿木宇崎なんですけど、特に B メロの動きがまるで小椋佳の書くような感じなんですね。ぼくは小椋佳ファンなんで、この百恵のシングル曲、すっかり忘れていましたが、いいなぁと思って聴き入りました。
https://www.youtube.com/watch?v=mXmXWSmSVY0

この「初恋草紙」はヒットできるような曲じゃありませんけれども、こんな哀感、寂寥感のこもるしっとりメロディをすんなりきれいに歌いこなせるだけの実力が百恵に備わってきたという大きなあかしでした。百恵の全シングル曲を順番にたどりなおしてみますと、こういったバラード路線はその後百恵の大きな武器のひとつになっていったからです。「秋桜」しかり「いい日 旅立ち」しかり「さよならの向う側」しかりです。

ということは、ハードなロック路線(当時は<ツッパリ路線>と呼ばれていた)もしっとりバラード路線も、百恵はほぼ同時期に開花させたというわけで、やはり1976/77年ごろが百恵にとっての転機だったのでしょう。歌手として(女性蔑視のセクハラ歌謡を押しつけられるような世界から脱却し)成熟し、自立した立派な大人の世界を表現できるだけの歌手としての幅も、そして環境も、整ってきたのだということなんでしょうね。その媒介を果たしたのが阿木宇崎コンビです。

そして「初恋草紙」の次に「夢先案内人」(77)が収録されていますが、こ〜れが!も〜う!チャーミングなんてもんじゃないんですね。百恵の歌がいいというのもありますが、なんといっても曲とアレンジが絶品です。これもやはり阿木宇崎の手になるものですが、アレンジが萩田光雄。萩田はこれの前から百恵楽曲をアレンジしていましたが、「夢先案内人」ではいったいなにがあったのか?!と思うほどのペンの冴えなんです。
https://www.youtube.com/watch?v=mgNpy2rtR2w

特にバリトン・サックスがずっと同じリフを演奏しているでしょう、それが軽快なリズムを編み出していますし、全体的にサウンドもさわやかでノリがよく、ストリングスも効果的。エレキ・ギターがはじきだすフレーズもきらめいていますし、全体的にこの「夢先案内人」という名曲の持つドリーミーでさわやかな調子を最高にもりたてる絶品アレンジです。ここでの萩田の仕事は天才的。百恵の声も落ち着いて伸び伸びしたフィーリングで、いよいよ歌手として大きくなったなということがわかります。

この後アルバム『GOLDEN☆BEST コンプリート・シングルコレクション』はディスク2へと入っていきますが、「秋桜」「プレイバック part 2」「いい日 旅立ち」「美・サイレント」「しなやかに歌って」「ロックンロール・ウィドウ」「さよならの向う側」など、いまさらぼくが言を重ねる必要などなにもない名曲・名歌唱が続いています。

ちょっと意外な印象に残ったのは「乙女座 宮」(78)と「曼珠沙華」(79) ですね。「乙女座 宮」は「夢先案内人」と同じ傾向のドリーミー&さわやか楽曲で、こういった路線は百恵に少なかったんですけど、今回アルバムを通して聴いてみて、あんがいかなり資質に合致していたかもなという気がしたんですね。原田知世が「夢先案内人」をカヴァーしていますが、「乙女座 宮」も似合いそうですよ。
https://www.youtube.com/watch?v=Mk5OumfQM40

「曼珠沙華」は一見フォーキーな切な系歌謡曲のように思えますけど、たぶんこの曲の本質はちょっと違うと思うんですね。アレンジ次第で化ける可能性を持つ、ポップで派手な曲想を持っているんじゃないでしょうか。百恵引退コンサートでのしっとり系名唱が YouTube に上がっていましたが(↓)、もっと軽快に楽しくやれるポテンシャルを秘めた、隠れた名曲でしょう。アレンジは大切です。でもこのヴァージョンもちょっとファンカデリックみたいでいいなぁ。

(written 2020.5.27)

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