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とうとう姿を現した『ゲット・バック』〜 ビートルズ

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The Beatles / Let It Be (Super Deluxe)

ちょっと前に発売されたビートルズの『レット・イット・ビー』50周年記念スーパー・デラックス(2021)。前も書きましたが、もはやこの手のクラシック・ロック系大型リイシュー・ボックスに興味はありません。でも今回の『レット・イット・ビー』スーパー・デラックスにだけはちょっと思うところがあります。

それはCDならディスク4に当たる部分。それはかの有名な未発表アルバム『ゲット・バック』なんですよね。1969年春に完成し、グリン・ジョンズによるミックス作業もマスタリングも終え、あとは発売を待つばかりという状態にまでこぎつけたにもかかわらず、直前でボツになった、かの『ゲット・バック』です。

ブートレグではいままでもすでに流通してきていたものらしいですが、公式にビートルズ・サイドから発売されたのは今回が初。だからそれをいまのぼくでも手軽に聴けたというのは、もうただそれだけで喜びなんですよね。

1969年1月のゲット・バック・セッションのことも、そこからグリン・ジョンズが完成させ、結果未発表になってしまった幻のアルバム『ゲット・バック』のことも、さらに翌70年にフィル・スペクターによる再構成が行われて公式発売された『レット・イット・ビー』に至るまでのプロセスや毀誉褒貶についても、非常によく知られていることなので、ここでぼくが記す必要はないです。

ただ、こないだからようやく正式に聴けるようになった『ゲット・バック』の、そのナマナマしいサウンドをひたすら楽しめばいいということだけですね。曲目構成をみると、今回公式発売された<1969 グリン・ジョンズ・ミックス>とは、69年5月ヴァージョンの『ゲット・バック』ですね。

今後はこれが『ゲット・バック』の正式版になっていくのだと思います。(スペクター版)『レット・イット・ビー』との関係は一筋縄ではいかないっていうか、ポール・マッカートニーなんかはああいったケバケバしいオーケストレイションの付加を強く批判しましたけど、スペクターの仕事はポップ・ミュージックとして完成品をつくることにあったので、あれはあれで正解だったと、ぼくは思います。

それでも、セッションが行われた1969年1月時点でのビートルズ四人(+ビリー・プレストン)のドキュメントとして、迫真性をもっていまのぼくらの胸を打つのは『ゲット・バック』のほうだと、やはり思います。

前年の『ホワイト・アルバム』制作のあたりから顕著になってきたメンバー間の軋轢やすれ違い、続くゲット・バック・セッションの崩壊とアルバム化の失敗、最後の最後にもうひとつと輝いた『アビイ・ロード』まで、その間のいちばん人間くさい生身の身体性や心理をつづったドキュメントとして、『ゲット・バック』以上のものはないです。

ゲット・バック、つまりバンド結成当時の、あのハンブルクやキャバーン・クラブでやっていたころのような、ああいったバンドのありようにもう一回だけでも戻ろうよというポールの発案で開始されたゲット・バック・セッションだったのですが、結局は戻れないまま終了してしまったことも、まるでナイフで肌を切るようにこちらにも音として伝わります。グルーミーな終焉感が強くただよっていますよね。

それでも、オーヴァー・ダビングいっさいなし、管弦のオーケストレイションもゼロで、四人(+1)だけでの一発録りライヴ・セッションで、1969年1月にもここまでできたんだという、ビートルズのバンドとしての演奏能力の高さも手にとるようにわかりますよ。

さらに今回はじめて『ゲット・バック』を聴いてみてちょっとビックリしたのは、曲と曲のあいだのポーズがほぼまったくないことです。1990年代ごろからのクラブ系音楽アルバムなんかで顕著になってきた、こうした間をおかずどんどん曲をつなげるというDJ的編集手法、1969年にグリン・ジョンズはすでにやっていたんですね。

もとのゲット・バック・セッションがどんなものだったか知っていると、これがグリン・ジョンズの巧みな編集作業によるものだったことはわかるはず。そしてこのように曲と曲をノン・ストップで続けるというのは、たぶん現場的「ライヴ感覚」を大切にしようとしたからだという、グリン・ジョンズの意図を感じます。

そんなこともあいまって、いっそう1969年1月時点でのビートルズのナマの姿を伝えることに成功しているなと思うアルバム『ゲット・バック』、もしこれが当時そのまま発売されていたら、どういう評判を呼んだでしょうか。セッションは失敗だったと言われながら、実際にアルバムをこうして聴いてみると音楽的な完成度はそこそこ高いので、けっこう好意的に迎えられたかもしれませんよね。

(written 2021.10.25)

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