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銀のデリカシーでつづるほのかな官能 〜 由紀さおり『VOICE II』

(4 min read)

由紀さおり / VOICE II

由紀さおり2015年のアルバム『VOICE II』が傑作で、もうすっかり骨抜き状態。

こないだ発見したきっかけは、惚れ込んでいる天才アレンジャー坂本昌之の仕事を調べていて。坂本の仕事、できればぜんぶ聴きたいんですが、そうしたら由紀さおりの『VOICE II』もそうだと知り、聴いてみて、とろけちゃいました。

(主に)1960年代にヒットした哀切系ロマンス歌謡を11曲とりあげ、それに坂本らしいふわっとやわらかなアレンジをほどこして、さおりがおなじみのおだやかストレートなヴォーカルを聴かせているという具合。こんなもん、惚れない理由がないです。

つまり、歌手がいい、選曲がいい、アレンジがいいの三位一体がこのアルバム。

1月2日の出会い以来、もうこれしか聴いていないと思うほどですが、以下にトラックリストと初演歌手、そのレコード発売年を記しておきます。

  1. さよならはダンスの後に(倍賞千恵子、1965)

  2. ウナ・セラ・ディ東京(ザ・ピーナッツ、1964)

  3. 夜霧よ今夜も有難う(石原裕次郎、1967)

  4. 黄金のビギン(水原弘、1959)

  5. ラストダンスは私に(越路吹雪、1961)

  6. 雨の夜あなたは帰る(島和彦、1966)

  7. 赤坂の夜は更けて(西田佐知子、1965)

  8. 暗い港のブルース(ザ・キング・トーンズ、1971)

  9. 雨に濡れた慕情(ちあきなおみ、1969)

  10. 知りたくないの(菅原洋一、1965)

  11. 逢いたくて逢いたくて(園まり、1966)

とても細かな部分にまで神経の行きとどいた坂本アレンジはデリカシーのきわみ。決して派手さのない渋い銀のような味なんですが、一度はまると抜けられない魔法のアレンジ・チャームを持つ人物ですね。ここにはこの音しかないという最小の必然をそっとすかさずはめこんでいく手法には感嘆しかありません。

『VOICE II』ではラテン・ビート香料が随所にまぶされているというのも特質。それも、そうとわからないほど薄くかすかな隠し味的に使われているのが、さおりのヴォーカルをきわだたせることになっていて、文句のつけようがなし。

たとえば「ウナ・セラ・ディ東京」「雨の夜あなたは帰る」はボレーロ/フィーリン、「ラストダンスは私に」(with 坂本冬美)はチャチャチャ、「雨に濡れた慕情」はルンバ・フラメンカですが、それらのラテン・ビートが曲の持つ哀感をいっそう切なく、しかし控えめに静かに、香らせています。

歌手はこのアルバムの2015年時点で69歳でしたが、声のツヤやセクシーさが失われていないばかりか、適度におだやかな枯淡の境地にさしかかっていて、ほのかな官能ただよう大人の哀切恋情を歌うのにこれ以上のヴォーカリストはいません。

決してエモーションを強調したり声を張ったりせず、どこまでも軽くソフトに淡々と、細やかに微妙な表情の変化や陰影をつけながら、ことばをふわりとおいていくさまには、ため息しか出ませんね。

「知りたくないの」に参加している平原綾香がややリキんでいて、特に後半部、英語で歌う部分で強めのヴォーカルを聴かせていることだけがただ一点の玉に瑕で、これさえなかったらと悔やまれます。

しかしそんな欠点も気にならず、全体的にはパーフェクトなアルバムといえ、坂本昌之アレンジ+由紀さおりヴォーカルによる銀のデリカシーを心ゆくまでじっくり味わえる極上の音楽です。

(written 2022.1.11)

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