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なんだか最近、ヴァイブラフォンがきてる

(8 min read)

写真はチェンチェン・ルーのInstagramより

↑上の写真でチェンチェンが弾いているこの楽器、日本語のカタカナ表記で、あるいは口に出して発音するとき、みなさんどう呼んでいます?ぼくは「ヴァイブラフォン」以外の呼び名を使ったことが生涯一度もありません。

がしかし、ちまたには「ヴィブラフォン」「ビブラフォン」といった呼びかたがあふれかえっていますよね。日本語書きのなかにはもうそれしかないんじゃないかとすら思うほど。ヤマハの公式サイトなんかでも「ビブラフォン」表記しか存在しないんですよねえ。

ちょっと困ったもんだなあと思っていますけど、この1920年前後にアメリカ合衆国で生まれた現代楽器 Vibraphone、そのアメリカ英語での発音にしたがえば「ヴァイブラフォン」以外の表記はありえません。ヴィブラフォンなんて言っているアメリカ人奏者はいませんから。ウソだと思うなら調べてみて。

もっとも、これは楽器名ということで、音楽関係の用語には多いように(アメリカ原産でも)イタリアやドイツなどからまず名称が輸入され、そのことばでの発音が日本語のカナとしても定着したのだという可能性があるかもしれません。それならヴィブラフォンでもわかります。

さておき、楽器ヴァイブラフォン、どうもここ数年、特にジャズ界を中心に、隆盛をみせているんじゃないかという気がする、いや、気がするなんてもんじゃなく、間違いなくヴァイブの時代になってきているなという実感があります。

特に2018年ごろからかな、(ジャズ系)ヴァイブラフォン奏者のアルバムに充実作が多数目立つようになってきていて、すぐにパッと頭に浮かぶだけでも四、五個はすらすらと名前が出てきます。ちょっと列挙してみましょうか。

・ステフォン・ハリス『Sonic Creed』(2018)
・ユハン・スー『City Animals』(2018)
・ジョエル・ロス『KingMaker』(2019)
・チェンチェン・ルー『The Path』(2020)
・シモン・ムイエ『Spirit Song』(2020)
・パトリシア・ブレナン『Maquishti』(2021)

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これはもう確実に一つの流れになってきているとみるべきでしょう。ジャズ・ヴァイブラフォン隆盛の時代に入りつつあると思います。それが、いまどきのコンテンポラリー・ジャズのなかで輝いていると、そう考えることができます。

個人的なリスナー歴からひもとくと、そもそもぼくが17歳のとき電撃的にジャズに惚れ、マジのずぶずぶの音楽きちがいになった最初のきっかけはモダン・ジャズ・カルテットでしたから。『ジャンゴ』でミルト・ジャクスンのヴァイブがいいなと感じたのでした。

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ブルーズっていうかブラックなサウンドやフレイジング、グルーヴにはまったのもここがきっかけだったと思いますが、ぼくの音楽人生、最初からずっとヴァイブ好きで来たものだったと言うこともできますね。

その後は、一時期ボビー・ハッチャースンやゲイリー・バートンにはまったり、ロイ・エアーズがカッコいいなと思ったりしながら、ぼくの(ジャズ系)ヴァイブ好き音楽ライフは2021年までずっと続いてきているのでした。

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そんなヴァイブが近年はどんどん脚光を浴びるようになってきているということで、初代のライオネル・ハンプトン(はもともとドラマー)以来さほどの主役楽器という立場になったことのないこの楽器の演奏者が増え、聴き手の注目も集めて、シーンの中心におどりでるようになっているのはうれしいかぎり。

そんな現代ジャズ・ヴァイブ奏者のなかでの個人的イチ推しは、なんといってもチェンチェン・ルーとパトリシア・ブレナン。前者が台湾、後者がメキシコ出身で、現在は米NYCのブルックリンを拠点にしています。

ところで以前も一、二度言いましたが、最近のジャズ系ヴァイブ奏者がみんな(と言うのはおおげさだけど)ブルックリンを拠点にしていて、あたかもブルックリンが一大居城のようになっていると見えているのもたしかなことです。

もちろんこれには現実的な理由もあって、マンハッタンは家賃が高くなりすぎているので到底住めず、だからニュー・ヨークで活動したい若手演奏家たちがとなりのブルックリン地区に移動するようになっているということがあるでしょう。だから、これはヴァイブ奏者のあいだだけでの現象でもありません。

が、なにか新進の若手ジャズ・ヴァイビストたちがブルックリンに集結しているぞという面はやはりあって、なんというか「ブルックリン発」というのがニュー・エイジ・ジャズ・ヴァイブラフォンの傾向を示す一種のトレードマークのようになっているのかも?という感じですよね。

現代の若手(ジャズ系)ヴァイビストたちのなかでのぼくのイチ推しであるチェンチェン・ルーとパトリシア・ブレナン。音楽性なんかはまるで正反対で、チェンチェンは台湾人ながらブラックなR&Bグルーヴへの深い傾倒と愛着を聴かせるロイ・エアーズ系の演奏家。

いっぽうパトリシアの『Maquishti』のほうはヴァイブ独奏で、ちょっと前例がないスタイルというか、アヴァンギャルドかつアンビエントでサウンドの響きそのものを空気のようにただよわせながら、一個一個のヴァイブの音じたいがグルーヴをつくるとでもいったような感じ。でも不思議と心地よく、緊張感を強いることなく聴き手を引き込むチャームがあります。

ぼくが出会ったのは今年一月のパトリシアのほうが先で、昨年デジタル・リリースされていたチェンチェンの『The Path』は夏に知ってハマったんですけど、この二作品でもってぼくの長年のヴァイブ愛がとうとう結実・爆発したといった感じ。現代ジャズにおけるこの楽器の躍進も決定的になったと思います。

もちろんみなさんご存知のとおりジョエル・ロスなんかはすでに二つのリーダー作を出し、他のジャズ・ミュージシャンたちのあいだでも引っ張りだこ。客演した作品なら、ジャズ関係だけなく枚挙にいとまがないほどですよね。大ブレイク真っ只中だと言えます。

そのほか上で名前をあげたようなここ数年のジャズ・ヴァイブラフォン作品は、それぞれ音楽性や傾向が異なるものの、いずれも近年におけるこの楽器の注目度の高さを如実に反映した充実作・良作ばかりなんです。

(written 2021.11.11)

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