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スピッツさんと呼ばなかった上白石萌歌はマトモだ

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こないだ四月、テレビ朝日系『ミュージック・ステーション』に登場した上白石萌歌(かみしらいしもか)が番組内でスピッツと共演をはたし、司会のタモリらとのトークの際、スピッツと呼び「さん」づけにしなかったことが波紋をひろげているらしいですが、アホかいなぁ。

どこの世界に、たとえ存命の現役先輩であろうと、歌手名や音楽家名、バンド名に「さん」をつけて呼ぶ人間がいるんでしょう?バカバカしくてこの件で文章を書く気にもならないほどですが、でも物議をかもしているみたいだし、上白石とスピッツのこの件だけでなく現在の日本でひろく一般に流布していることがらであるようにもみえますので、記しておきます。

もちろんこれ、有名音楽家を「さん」づけで呼ぶことには強い違和感があるとはっきり言っているひとも大勢いて、他方、上白石が「スピッツさん」と言わなかったことを敬意を欠くとして批判する向きと、両方の意見があるんですけど、ながめてみると前者は熱心な音楽ファン、関係者、評論家などマニア、専門家で、後者はそうでもない一般人という違いがあるように見えます。

個人氏名かバンドや組織名かによってもとらえかたが違ってくる問題で、人名であれば「さん」をつけるのにさほどの違和感がないかもしれませんが(実生活ではふだんそうだし)、バンドやユニットの名前でそれをやるとかなり妙なことになってしまうなという部分もあります。

ただのいちファンとしてのぼくはですね、個人名であれバンド名であれ、いままでたとえば「マイルズ・デイヴィスさん」「ビートルズさん」とか「サザンオールスターズさん」「YMOさん」「松任谷由実さん」「一噌幸弘さん」などと書いたり言ったりしたことは一度もなく、有名歌手、音楽家、スポーツ選手、俳優、芸能人などであれば、むしろ敬意をこめてこそ呼び捨てというのがあたりまえだという発想の持ち主です。

熱心なファンである岩佐美咲のことも、ふだんは愛称の「わさみん」で呼んでいますが、これはさすがに「わさみんさん(ちゃん)」と言う人間はこの世にいないと思います。愛称でなく岩佐美咲名を呼ぶばあいでも、このブログでいままで「美咲」と呼び捨てにしてきましたし、論評・レヴューなどの際はそれがふさわしい態度に違いなく、このことに1ミリたりとも疑問をはさむ余地はありません。

むろんオタクなどが推しのアイドルのことを、たとえばファン・ブログなどで書く際には「さん」「ちゃん」づけにすることもあるでしょう。そういった世界は、ちょっと音楽愛好家のふだんの書きかたとはやや異なるマナーが支配しているみたいですね。住んでいる世界が違うんでしょう。

そういったブログなどでは、たとえばわさみんオタクが書いているばあい、わさみんじゃないほかの歌手のことも「さん」「くん」「ちゃん」づけで呼ぶのがならわしで、水森かおりさん、中澤卓也くん、などなど、正直に言ってしまいますがわいるどさん、ちょっとした引っかかりを、軽〜いものですけど、個人的には以前から持っています。でも個人のファン・ブログだから自由ですね。

ついでだから言いますと、女性歌手は「さん」、男性歌手は「くん」をつけ、そのファンをそれぞれ「〜〜おにいさん」「〜〜おねえさん」と呼んだりする習慣も、実を言いますと、現代的ジェンダー論の観点からちょっぴり反対です。ほんのちょっとの弱いものですけど違和感があるし、そもそもファンのなかに女性も男性もいるわけなのに、それは考慮されていないわけでしょう。

すみません、きょうのテーマとはズレる話でした。

そういったアイドル/オタク世界のマナーが、同様のオタク文化が拡散しているということなのか、アイドルなどじゃない一般の歌手や音楽家をオタクじゃない人間が呼ぶ際にも、敬称の「さん」をつけるようにひろまってしまったということなのかもしれません。

しかし音楽関係でもそうでなくても、ちょっと本や雑誌の評論や、新聞(ネットのでも)などの論説論壇コーナーを一読してみてください。論じている対象の歌手、音楽家に「さん」をつけている例がありますか?たぶん一個も見つからないと思いますよ。

それは論説文のばあい、対象をそのまま敬称をつけずに呼ぶのがストレートなマナーだからです。「さん」をつけたほうがむしろ失礼で、敬称をつけずに呼び捨てにしてレヴューするのがリスペクトの表明にもなるからなんですね。

いや、おまえ、ふだん「bunboniさん」「萩原健太さん」と書いているじゃないかとつっこまれそうですけど、彼らは有名音楽家、芸能人じゃありません。また仕事の内容に言及しているんでもなくて、それぞれ個人の趣味ブログへの言及だからですよ。bunboniさんが荻原和也名で、あるいは健太さんが、音楽雑誌や新聞などおおやけのメディアに論説を発表したものをとりあげるのであれば、また態度が違ってくると思います。

だから、スピッツに上白石が「さん」をつけなかったことを問題視する向きは、プロの仕事というより趣味世界の延長線上で、アイドル/オタクみたいな関係性の地平において、ものごとを判断しているのかもしれないなあ、というのがぼくの個人的感想です。

でもこれ、ちょっと距離感が気持ち悪いと思うんですよね。

米津玄師もですね、以前、「バンド名にさんをつける習慣っていつから始まったんだろう? 3年ほど前、スピッツの対バンイベントに出演させてもらったときに、MCでスピッツにさんをつけなかったことでお客さんにエラい怒られてびっくりしたんだけど、そこんとこどうなんだろう」と発言していました。

確立された固有名詞には、ヘタな敬称などはかえって失礼にあたるように思えるっていうのがぼくらの発想であり、おそらく世間一般的にも同様の認識があるんじゃないかと思います。ビートルズとかローリング・ストーンズくらいになれば、「さん」をつけたらかなりヘンでしょ。エルヴィス・プレスリーさんとか、言っているひと、います?ジョンさん、ポールさんもいないでしょ?

スピッツは、「さん」づけにしなかったから失礼などと言われたりするっていうことは、バンド結成後30年以上が経過するいまでも、いまだそこまでのポジションを確立していないのだいうことのあかしかもしれないですね。

ひとりの音楽好きとしてのぼく個人としては、(スピッツであれだれであれ)エルヴィスやビートルズやストーンズなどと同じようにリスペクトすべき存在だということで、世間でおおやけに活動している歌手、音楽家、バンドなどは呼び捨てですね。そのほうが気持ちいいし、文体上もスッキリします。ぼくにとっての「渡辺貞夫さん」とか、そういった例外はむろんありますけど。

シンプルにいえば、なんにでも「さん」づけしていると、要は「このひと、わかってないんじゃないか」って思っちゃいますね。

(written 2021.4.30)

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