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マイク・スターンの近作をちょっと

(4 min read)

Mike Stern / Trip

きのう書いたウェイン・クランツのギターでマイク・スターンのことを思い出し、Spotify でいくつか聴いていました。そのなかから『トリップ』(2017)の話を今日はしたいと思います。2016年の大怪我以後初の作品ですけれども、その影響は音楽には出ていないですね。10曲目のタイトルが「スコッチ・テープ・アンド・グルー」になっているのがかすかな痕跡でしょうか。

アルバム『トリップ』は、まずジャジーなフュージョンで幕開け。1曲目「トリップ」は曲も演奏もいかにもなマイク・スターン節でニンマリします。マイクの曲や演奏には一種の、こう、熱みたいなものがあると思うんですけど、ちょっとうまく言えていませんが、なんというかクール・ヒートみたいな、じわじわとしかしメタリックに暖かいみたいな、う〜ん日本語がヘタだ、とにかくぼくはそこにマイクならではの味を1981年のマイルズ ・デイヴィス・バンド時代から感じているわけです。それをこの曲「トリップ」でも感じます。

アルバムは前半、スタイルはフュージョンながらジャジーな雰囲気で展開。二曲ほどマイルズ・ミュージックっぽい曲もあり、っていうかあきらかにかつてのボスの影響が聴けますよね。インプロヴィゼイション中心に展開するあたりはジャジーです。3曲目「ハーフ・クレイジー」はなんか聴いたことあるようなおなじみのメロディだなと思ったら、たぶんこれちょっとセロニアス・モンクっぽいんですよね、特に「ウェル・ユー・ニードゥント」によく似ています。

マイクがアクースティックなナイロン弦ギターを弾く5曲目「ゴーン」でぱっと場面転換というかチェンジ・オヴ・ペースになっていて、そのあとの後半部は前半とはやや傾向が異なっています。後半はジャズからちょっとだけ遠ざかり、もっと幅広いというか世界視野のフュージョン・ミュージックを志向しているように思います。

しかもアルバム後半はアド・リブ・ソロよりも、どっちかというとコンポジションやアレンジメントに比重が置かれているんじゃないでしょうか。ソロのスリルや快感よりもトータル・ミュージックとしての完成度を考えて、こういったプロデュースにしたのかもしれません。個人的には歓迎です。6曲目「ワッチャコーリット」ではそれでもスリリングなソロが聴けますが、やはり用意されたラインやアレンジ、キメが魅力的。

顕著なのは7曲目の「エミリア」です。これはマイク・スターンというよりパット・マシーニーの名前をかぶせたほうがふさわしいと思うくらいのトータル・ミュージックで、ヴォーカルというかミナス派みたいなヴォイスが全面的に活用され、かっちりしたアレンジで演奏全体が構成されています。この曲にはジャジーなソロがあまりありませんが、曲は本当に美しく楽しいですね。

やはりパット・マシーニーふうワールド・フュージョンみたいな8曲目「ホープ・フォー・ザット」もトータル・サウンド志向で聴かせるスケールの大きな曲。マイクのソロも決して逸脱せず、またギターの音色を工夫してありますが(ひょっとしてギター・シンセ?)あくまで曲のなかの構成要素としてハマるように弾かれているのがわかります。

9曲目「アイ・ビリーヴ・ユー」もさわやか。アレンジ重視で、ソロではみ出さない落ち着いたフィーリングに終始します。フュージョンもこういった組み立てを尊重するものと、ジャジーでスリリングなソロ・フォーマットをかなり残してあるものとに二分されますよね。今日話題にしているマイクのアルバム『トリップ』だと前半がソロ中心のジャズ路線、後半はトータル・サウンド志向のフュージョン路線みたいな感じです。

その後アルバム終盤の二曲、10「スコッチ・テープ・アンド・グルー」11「B トレイン」ではふたたび4ビートに戻り、前半部同様のジャズ路線でアド・リブ・ソロをまわしています。ハードだったりスリリングだったりはしませんけど。なお、アルバム後半の二曲でパートナーのレニ・スターンがンゴニを弾いているとなっていますが、聴くかぎり存在感はありません。

(written 2020.5.8)

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