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なぜ傑出しているのか 〜 岩佐美咲「糸」

(9 min read)

来る10月21日に、わさみんこと岩佐美咲の「右手と左手のブルース」特別盤二種が発売されますが、タイプAにもBにも中島みゆき「糸」のカヴァーが収録されます。

「糸」といえば、わさみんは2017年に一度CD化していますよね。「鯖街道」特別記念盤(通常盤)に収録され、夏に発売されました。そのヴァージョンはいまや伝説ともなっている同年5月7日の新宿での弾き語りライヴで収録されたものです。

それ以前それ以後ともわさみんはいろんな機会で「糸」を歌ってきていて、ある意味得意レパートリーにしていると言ってもいいくらい。以下にリンクするわいるどさんのブログ記事にまとめられているので、ぜひご一読ください。

・特別盤のカップリング曲はどうなる?「糸」編

CD収録されているので容易に聴くことのできる2017年5月の弾き語りヴァージョンの「糸」は、わさみん史上最高の一曲として、いまでも多くのファンの心をとらえ続け、泣かせ続けてきています。ぼくも非常に強い感銘を受け、以前一度記事にしたことがありました↓

熱心なわさ民(わさみんファン)のみなさんのあいだでも、この「糸」は評価が高くて、これ以上の「糸」は存在しない、カヴァーの多い曲だけどほかのどんな歌手のどんなヴァージョンとも比較にすらならない、わさみんひとりだけ<別の曲>を歌っているかのようだ、とまで言われています。

複数のわさ民さんからぼくも現場で直接、わさみんの「糸」はどうしてあんなに感動的なのでしょうか?と話しかけられたりすることがあったりなどします。今回、ふたたびCD発売されるということで(もちろん新録新ヴァージョンでしょう)、いまふたたび立ち止まってもう一回考えてみたいなと思い、きょう筆をとっている次第です。

参考になるのは、わいるどさんが上にリンクした記事のなかでご紹介くださっているわいるどさん作成のSpotifyプレイリスト『「糸」聴き比べ』です。これはほんとうに助かりました。感謝ですね〜。

中島みゆきのオリジナルやわさみんヴァージョンはSpotifyにないんですけど、一時間半以上にわたり、さまざまな歌手による「糸」のカヴァー・ヴァージョンが並べられています。これをぼくもじっくりと聴き、さらにYouTubeで見つかるほかのいくつかの「糸」も耳にしましたので、わさみんヴァージョンがなぜあんなにも傑出しているのか、思うところを記しておきますね。

結論からカンタンに言ってしまえば、わさみん2017年ヴァージョンの「糸」はある種の素人っぽさが功を奏しているんだと思います。ていねいなアレンジに凝ったり、(ふつうの意味でのいわゆる)うまい歌手がしっかり歌いまわしたりしないほうが、映える曲、伝わる曲だからということなんですね。

裏返せば、中島みゆきのこの「糸」、曲そのものがとても<強い>んですよね。引力というか聴き手をトリコにする魔力があまりにも強靭で、歌詞にしろメロディにしろ、そのままで世のどんなひとにだって感銘を与えうるパワフルな曲じゃないかと思えます。特にこの歌詞ですよ。

そんな強い曲、曲そのものがあまりにも魅力的で強靭すぎる曲は、アレンジの工夫や装飾的な歌いまわしなど意識的な歌唱を拒否してしまう部分があるだろうと思うんですね。そのままストレートに向けられるだけで泣いてしまいそうなくらいですから、カヴァーする歌手が解釈に工夫を凝らせば凝らすほど、曲そのものから遠ざかり、曲が本来持っている力を削いでしまいます。

わさみん2017年ライヴ・ヴァージョンの「糸」はアクースティック・ギター弾き語り。決してうまいとは言えないつたない感じの本人のギターではじまって、もう一名サポート・ギターリストがいますが、あくまで控えめ。アマチュアの域にあの時点ではあったといえるわさみんギターを引き立てる影に徹していますよね。オブリガートをつけるヴァイオリニストも同じ。

伴奏はたったこれだけ。サポート・ギターリストやヴァイオリニストのかたがたは熟達のプロでしょうけど、おぼつかないわさみんのギターよりも目立つことのないように、あくまで主役はわさみんなんだからということで、脇役から一歩も踏み出ていない伴奏です。

そんな演奏ができるということじたい、サポートのギターリストとヴァイオリニストのかたがたが徹底したプロである証拠なんですけれども、逆に言えば主役たるわさみんのギターとヴォーカルが、ストレートさが、それを引き出したという見方もできます。

歌いかただって、思い出してください、いつものわさみんスタイルを。歌の持つ本来のメロディを決してフェイクしたり崩して工夫したりすることはしません。そのままストレートに、スッと素直に歌いますよね。ナイーヴ、素直すぎるととらえる向きもおありでしょうが、2017年ヴァージョンの「糸」にかんしては、曲の持つ魅力、パワーをむきだしにしてそのまま伝えることに成功しているではありませんか。

ほかの<うまい>歌手たちによる「糸」は、曲そのものの魅力よりも、声や歌いまわしのパワーのほうが前に出てしまっているんですよね。アレンジで工夫しているものだと、聴いていてアレッ?とシラけてしまいますしね。名前は出しませんが演歌系の歌手なんかは(都はるみばりに)強くガナッたりしていて、曲が台無しになっています。

YouTubeにちょこちょこ上がっている、ホーム・ヴィデオ収録の、アマチュアのそこらへんのおっちゃんが結婚披露宴の余興で歌った素人くささ満点の「糸」のほうが、はるかにいい曲に聴こえるっていう、そんなおそろしい曲なんですよね、「糸」って。

ひとことにすれば、歌手の意識やうまさが前に出て目立ってしまってはいけない曲なんですね。それだと「糸」という曲のパワーが伝わりません。

曲がそもそも最初から持っている引力が強すぎる中島みゆきの「糸」という曲は、それをそのまま活かすように、伴奏アレンジでもヴォーカルでもなるべく工夫を施さず、そのままストレートにやったほうがいいんです。そのほうが「糸」という曲の繊細さが伝わりますね。

さて、10月21日に発売される新ヴァージョンであろうわさみんの「糸」は、どんな感じになっているんでしょうか。弾き語りではもうあれ以上のものはできえないというものを2017年に発売しましたから、今回は中島みゆきのオリジナル・ヴァージョンに則してストリングスなどオーケストラ伴奏もくわえたものになっているんでしょうか。そんな気がします。

いずれにしても、「糸」という曲とわさみんとは相性がかなりいいんだということは実証されていますから、瀟洒なオーケストラ伴奏がくわわっても、持ち味のストレート&ナイーヴ歌唱法で、もう一回ぼくらを感動させてくれる、あるいは神ヴァージョンとまで言われる2017年弾き語りの「糸」すら超えてくる可能性だってありますよね。

(※ Spotifyにはローカル・ストレージからファイルをインポートできますので、ぼくは自分のパソコンから中島みゆきのとわさみんのをSpotifyに入れて、わいるどさん作成の「糸」プレイリストに追加しています。完璧や。)

(written 2020.9.17)


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