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ひとりぼっちの「スターティング・オーヴァー」〜 キャット・エドモンスン

(4 min read)

Kat Edmonson / Take To The Sky

いまのところの最新作である2020年『ドリーマーズ・ドゥ』で出会いすっかり魅せられてしまった歌手、キャット・エドモンスン。ディズニー・ソングの数々をワールド・ミュージックふうに料理するという、ハッとさせられるみごとなアルバムでした。

キャットは声質と歌いかたがねえ、ちょっと舌足らずのアイドルっぽいキュートさというかイノセンス、幼さを感じさせるタイプですから、聴き手を選んでしまうかもしれません。ですが音楽に対する姿勢はなかなか硬派のチャレンジャーですよ。

デビュー作の『テイク・トゥ・ザ・スカイ』(2009)でも、すでにそんなキャットの果敢な冒険心がよく発揮されていて、すばらしいなとぼくなんかは感心します。この歌手は常套的なアレンジを決して使わないんです。

『テイク・トゥ・ザ・スカイ』で顕著なのはリズム面での工夫。とりあげられている曲はグレイト・アメリカン・ソングブック系のスタンダードが多いんですが(「サマータイム」「ナイト・アンド・デイ」「エンジェル・アイズ」「ジャスト・ワン・オヴ・ゾーズ・シングズ」)、どれも目(耳)を張る斬新なビート感で生まれ変わっています。

キー・パースンはピアノも弾いているケヴィン・ラヴジョイ(Kevin Lovejoy)で、だれなんだか知りませんが、アレンジャーをつとめているんですね。どのスタンダード曲も、ピアノかベースかドラムスが意外かつイビツな反復リフを演奏し、だれもが知っている曲にいままでにない相貌を与えています。

といってもリズムが快活で楽しいとか躍動的とかっていうのではなく、ちょっと暗いっていうか一箇所にジッとたたずんでぐるぐるまわっているような、う〜ん、うまく言えないんですが、陰で翳の差すリズム・アレンジで。キャットのキュートな声質も、かえってそんな不穏さを強調しているように聴こえるのがおもしろいところ。

それが凝縮されている象徴的一曲が(ボーナス・トラックを除く事実上の)アルバム・ラスト9曲目の「(ジャスト・ライク)スターティング・オーヴァー」。ジョン・レノンが書き歌ったこれは、ヨーコとの再出発を誓いあう前向きのポジティヴ・ソングだったのに、ここでのキャット・ヴァージョンはビートのほぼないテンポ・ルバート。

べつに陰鬱なフィーリングでもありませんが、こういうテンポとリズムとサウンドで再解釈することにより、微笑ましくもちょっと直視できにくいと感じることもあったジョン&ヨーコのこのストレートでやや押しつけがましい愛のかたちのそのフィーリングを、みごとに中和し毒づけして仕上げています。

二人で歩んだジョンとヨーコの姿をどうこう思いませんが、キャット・エドモンソンのこの「スターティング・オーヴァー」とこのアルバムには、なんともいえない孤独感と気高さが(音楽的に)色濃く出ていて、ずっとひとりぼっちの人生を送っているぼくみたいなリスナーは共感しやすいんです。

キャット・エドモンスンって、そういう歌手ですよね。

(written 2021.12.17)

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