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ぼくの好みは2018年 〜 ディレク・チュルカンの新旧古典歌謡

(4 min read)

Dilek Türkan / An

bunboni さんのブログで知りました。

トルコの歌手ディレク・チュルカンの2018年作『An』はたいへんな力作・充実作でしょう。オスマン/トルコ古典歌謡を真正面から扱った二枚組で、「2018」と題された一枚目では現代に再興されたトルコ古典歌謡を現代的な楽器伴奏をしたがえて歌っています。いっぽう二枚目の「1918」にはその時代のオスマン古典楽曲を当時のままの弦楽伴奏で歌ったものを収録。二枚で100年をまたぐという壮大なプロジェクトは、見事に成功しています。

個人的には2018年の一枚目がたいへんな好み。オーセンティックに古典を歌いこなす二枚目1918年の引き締まった痩身、節度、キリッとした厳しい表情もすばらしいし、ムダとスキのないオスマン古典歌謡もさることながら、一枚目2018年の現代トルコ古典歌謡で聴かせるやわらかく丸くおだやかでふくらみのある伴奏と歌唱は真にすばらしいと、こういう音楽を聴きたかったと、グッと胸に迫ってくるものがあります。

一枚目では、まずプロローグと本編の「Ah Istanbul」に続き、3曲目が流れてきた瞬間に、うわ〜、もうこれは好きだ!と感じ入ちゃいます。ドラム・セットの奏でる軽いビートに乗るウードを中心とするアンサンブルがえもいわれぬいい心地で、そこにふわっとリキまず軽くヴォーカルをおくディレクもみごとです。特にこの雰囲気ですね、トルコの都会の夜を想わせるこの絶妙にやわらかいアンサンブルのニュアンスに酔ってしまうんです。

その後アルバムはアバネーラなどのリズムも取り入れながら進みますが、チェロを中心とする弦楽アンサンブルには、ヴェトナムのいわゆるボレーロと呼ばれる現代バラード歌謡を想起させる雰囲気もあります。たぶんリズムがこういったラテン調で、その上に午後のまどろみのようなたゆたうストリングスが乗っかっているからですよね。でもディレクのヴォーカルはまったく違っています。ヴェトナムのバラディアーたちみたいに力を込めて歌ったりせず、ナチュラルな自然体でそのまますっとスムースに歌っているんですね。

それが古典の持つエレガンスをより強調することにつながっているし、一枚目ではモダンにひろがりのあるアンサンブルとアレンジ、二枚目ではオーセンティックなスタイルそのままですけど、そんな100年というトルコ、オスマンの二つの時代の古典をディレクの歌唱がうまくつないでいますよね。曲や伴奏は違っても、1918年と2018年の世界を一望にしているんだなとわかります。

2018年分のほうにはアバネーラだけでなく、ひろくラテン・タッチがあるし、タンゴもあればシャンソンふうもあります。伴奏アレンジにキメも多く、トルコ古典としてはかなり現代的で多彩でポップな曲とアンサンブルなんですけど、1918年分とあわせ同じようにみごとに歌いこなすディレクのヴォーカルを聴いていると、オスマン/トルコ古典が本来的に持っていた音楽的な広がりを感じざるをえません。

(written 2020.4.16)

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