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久(HISASHI) – アーティスト・インタビュー

※この記事は、ライターであるKatriina Etholén氏による英文のインタビュー記事を、許可を得て翻訳・転載したものです。原文(英語版)はこちら

5月、日本の箏奏者で作曲家の久さんとのインタビューを2回行いました。

そのうちの1回目はビデオ・インタビューとして行われました。その内容は、アカデミックな言葉で言うなら、情報技術のジャンルに入るかもしれません。

もう一つの方は、人文科学に属するでしょう。このブログではそれを「カフェ・インタビュー」と呼ぶことにします。

ただし、この記事はビデオ・インタビューの動画も含んでいます。そちらでは、このブログ記事では簡単にしか触れていない特別なテーマを扱っています。


2023年5月23日、東京は雨でした。

しかし、そんな悪天候にも関わらず、私は忙しくしていました。

まず、かちどき橋の資料館を訪れました。

次に築地本願寺を訪れました。「hideコーナー」にあるノートに自分の思いを書くためです。取材相手と階段で落ち合う前に、お寺の中を少し見学しました。

この有名なお寺は、ビデオ・インタビューを行うスタジオが近くにあったため、待ち合わせ場所として最適だったのです。

hideさんの名前を出したのには理由があります。2年前、ちょうどhideさんの23回忌にあたる2021年5月2日に、私は久さんを見つけていたのです。

私はhideさんの楽曲「Hurry Go Round」についての記事を、その年の暮れに公開し、こう書きました。

私はYouTubeにアクセスしました。何かを特に見たかったかどうかは覚えていませんが、いつものようにYouTubeは、私がいつも見ているものに合わせて、ランダムなビデオへのリンクを表示しました。

そこにあったのは、久さんという人が箏で演奏する「Hurry Go Round」でした。彼は、hideさんを記念する特別な日に、この曲の彼のバージョンをYouTubeにアップしたのです。

私は彼のことを知らなかったのですが、その曲を聴き、彼が演奏しているのを見て、私は心地よい気持ちに、そして切ない気持ちになりました。

Music Archive, Part VI ~ hide with Spread Beaver: Hurry Go Round (Universal Victor, 1998)

これが久さんとの最初の出会いでした。

彼は2020年12月にデビューアルバム『幻風物』(Genfubutsu)をリリースしました。

私は彼のYouTubeチャンネルで楽曲を聴いた後、アルバムの現物のCDを注文し、私のブログでレビューを書きました。

そうです、私の快適なエリア(それはロック・ミュージックでした)を超えた領域に足を踏み入れてまで、それについて書きたかったのです。

これは、2020年12月25日にアルバムとともにリリースされた「三刀流」のミュージックビデオです。私が聴いた最初の彼のオリジナル曲でした。この曲には「ロック」のフィーリングがあるからです。

私は彼に、「この種の音楽に馴染みがないため、あなたの音楽を適切に扱えるか心配している」と伝えました。

彼は返信メールで、「ただ音楽を聴いて、どのように感じたのかを書いてください」とアドバイスしてくれました。そして、私はその通りにしました。

「インストゥルメンタル・ミュージックの素晴らしさ、それはあなたを導くものは何もなく、せいぜいタイトルくらいであるということです」

アルバム「幻風物」の解説文から引用

曲の背景について何も情報がなかったので、私の解釈は、彼の本来の考えとは全く違ったものになったかもしれません。

ところで実際、彼はどこから音楽のインスピレーションを得ているのでしょうか?

『シチュエーションにもよりますが、多くの場合、音楽のピースから始まります。それはメロディだったり、単なるフレーズの繰り返しだったりします。曲を作るときは、それを聴きながら、この音楽は何を表現しているのかと考えます。』

それが醸し出す雰囲気や、どのように聞こえるかが、創作の種になるということです。彼は小さな音楽のピースから、どんどんアイデアを膨らませていきます。

『面白いのは、曲のタイトルやテーマが最初の計画とは全く違うものになることがあることです。僕はいつも、小さな音楽が完全な音楽へと成長していく過程を楽しんでいます。

この2、3年は特に、本や小説、文学に影響されています。

若い頃からたくさん本を読んできたし、今でも本を読むのが大好きです。本を読むと、そこからたくさんのインスピレーションを得ることができます。

アニメやテレビ、映画を見ても、あまりインスピレーションを得られないことが多いのですが、本を読むとインスピレーションをたくさん得ることができます。恐らく、本には想像の余地がたくさんあるからでしょう。』

彼は上記のアルバムで、箏とピアノの両方を演奏しています。

母親が箏の先生ということもあり、幼い頃から箏の音色に親しみ、日本の伝統音楽に親しんで育ってきました。ピアノも幼い頃から弾き始めました。

10代でロックやヘヴィメタルに興味を持ち、13歳でバンドでドラムを始めましたが、腰痛のため2021年春にドラムから離れました。

しかし、ピアノは今でも彼の音楽活動の重要な部分を占めています。作曲中、彼はたいていピアノから始めますし、観客の前でピアノを弾くことも、彼のプランに含まれています。

ビデオ・インタビューの後、私たちは近くのカフェに移動し、このブログ記事のためのインタビューを行いました。

最初の質問は、「彼のドラマーとしての過去が、箏奏者としてのキャリアにプラスアルファの何かをもたらしているのか」というものでした。

彼は、ドラマーとしての経験は、リズムに関して大いに役立っていると言います。

『箏奏者にしては、僕はリズムの面で優れていると思います。』

彼はこう言い、さらに作曲の面でも、ドラマーとしての経験が大いに役立っていると続けます。

特に、お気に入りのジャンルの1つである、激しいメタル音楽の要素を含む作品を作る場合、例えば、ロックサウンドと伝統的な日本のサウンドを組み合わせることができます。

彼は箏とドラムをうまく組み合わせることもできます。このコンビネーションはかなりユニークです。

彼を見つけたその日に、偶然このコンビネーションに出くわしました。私にとっては、彼の2本目のビデオでした。

X JAPANの「紅」の箏とドラムのカバーはこちらで見ることができます。

私はこのカバー・バージョンにとても魅了されたので、この曲はアルバムとは何の関係もないにも関わらず、アルバム「幻風物」のレビュー記事の最後に言及しました。

そして後日、今度はもっとふさわしい場所で、私は再びこの曲を使うことができました。

それが「紅」に関する私の話(記事)でした。

箏とドラムの組み合わせをとても気に入りました。彼は間違いなくこの曲の重要な要素と雰囲気を体現しています。

Music Archive, Part XXIII ~ X: 紅 (CBS/Sony, 1989)

この質問も、聞いておかなければいけません。

「もし背中に問題がなかったら、彼はドラムを続けていたでしょうか?」

HISASHIさんは、もし(再び)そのような機会があれば、実現する可能性はあるが、今のところドラマーとしての復帰は考えていない、といいます。

彼には、両方の楽器のテクニックを磨く時間がなく、彼いわく「箏のこと」で忙しいのです。(彼がかつて在籍していたバンド「ASK I FALL」でドラムを叩く姿を見るにはこちらをクリック)

彼の多様な楽器の選択について考えるとき、彼自身の作品に影響を与えたと思われる、お気に入りのミュージシャンや作曲家について聞くのは、興味深いことです。

長考の末、彼は「様々なジャンルから影響を受けているため、特定の作曲家やアーティストを選ぶことはかなり難しい」と述べます。

『例えば、クラシック音楽で言えば、ベートーヴェン、ストラヴィンスキー、シューマン  、ドビュッシーなど。

ロックやメタルに関しては、例えばX JAPANやLUNA SEAのようなヴィジュアル系バンドに影響を受けました。

サウンド面では、メタルとハードコアを組み合わせた「メタルコア」と呼ばれるジャンルが大好きで、例えばBullet For My Valentineや、日本のバンドではcoldrainやCrossfaithなど。

僕が強く影響を受けたのは、こういったアーティストたちです。

また、日本の伝統音楽という点では、宮城道雄のような伝統的なタイプの偉大なアーティストに影響を受けました。

そう、1人や2人を選ぶのはとても難しいんです。過去のこういった人たち全員から影響を受けたんです。』

音楽的なスタイルとは関係なく影響を受けた場合もあります。彼は両方のインタビューで2人のアーティストの名前を挙げました。

彼がそのミュージシャンを尊敬している理由は、世界観の広さ、音楽以外のものへの興味、そしてそれが彼らの音楽活動にどのように表れているか、という点にあります。

そのミュージシャンとは、デヴィッド・ボウイとX JAPANのギタリストで、インタビュー中に何度か名前が登場した、非常に成功した革新的なソロ・アーティストのhideです。

これは、hideの25回目の命日に、彼がhideについて書いたツイートです。

これは彼が、hideの美しい曲「Hurry Go Round」を演奏している様子です。この曲は私を彼の芸術へと導いてくれました。

CryptoWagakkiプロジェクト


hideの影響について書かれた上記ツイートの中で、彼はNFT(Non-fungible tokenの略)について言及しています。

彼は2021年春にNFTを知り、2022年には日本の伝統楽器と音楽のためのNFTプロジェクト「CryptoWagakki」を立ち上げました。

これは、日本の伝統的な音楽と最新のテクノロジーを融合させるというものです。

CryptoWagakkiの核心は、ショートビデオ「What is CryptoWagakki?」のこの一文にうまく集約されています。

“We will keep respecting traditions and creating the future”.
(伝統を尊重し、未来を創り続ける)

What is CryptoWagakki?

ビデオインタビューでは、上記のような事柄を扱いました。

彼の現在の活動において、非常に重要な位置を占めるこのプロジェクトに興味のある方は、以下の英語インタビュー(日本語字幕あり)をご覧ください。

CryptoWagakkiプロジェクトは「カフェ・インタビュー」の対象ではなかったのですが、私は「CryptoWagakki SEED」プロジェクトについて質問しました。 

このプロジェクトはビデオ・インタビューでは全く語られなかったものの、彼の現在の活動には欠かせないものだからです。

彼は次のように説明します。

『CryptoWagakki SEEDはサウンドライブラリのプロジェクトです。

作曲家は音楽を作るとき、特定の音素材を必要とする場合があります。オンラインショップなどでそれを購入するのですが、和楽器の音源はあまりありません。

このプロジェクトでは、30秒とか1分とか、本当に短い音源を作って販売したいと思っています。

それを購入した人は、自分の曲にその音源を使うことができます。

そして、このプロジェクトを通して実現したいのは、より多くの作曲家に和楽器を使ってもらうことです。』

「将来的には、よりグローバルなプロジェクトにしたい」と彼は続けます。

彼は、エレクトロニック・ミュージックのプロデューサーやDJを潜在的なクライアントとして見ています。

なぜなら、彼はこういった人々からレコーディングの仕事を受注しているからです。

「電子音楽と伝統的な日本の音楽は相性が良い」と彼は述べます。

これは彼が最近の作品で実際にやったことであり、彼は他のアーティストたち(海外のアーティストも含む)に、琴のレコーディングも提供してきたので、自然な流れでしょう。

彼のNFTプロジェクトには3人のパートナーがいます。(インタビューの日付時点)

そのうちの1人は箏と三味線の奏者で、一緒にコンサートをなどを開く予定です。

他の2人はイラストレーター ——— 彼の音楽と、彼女のイラストレーションを組み合わせて新しいものを作る予定です ——— とマーケッターです。

彼はこう続けます。

『(ビデオ・インタビューで)既に述べた通り、僕の目標は日本の伝統音楽を復活させることなので、彼(マーケティング担当者)の存在は本当に重要です。できるだけ多くの人にリーチする必要がありますので。』

ところが彼は、ある1つの音楽を広める手段を省いてしまうようです。

彼のデビュー・アルバムはフィジカルのCDとしてリリースされましたが、今後これは起きないかもしれません。

HISASHI’s first album.

『CDの重要性は理解しています。しかし問題は、特に若い世代が、プレーヤーやコンピューターすらも持っていないため、CDを聴くことができないということです。

CDを作っても、その世代には届かない。これは本当に深刻な問題だと思います。』

これは1つの理由ですが、もう1つ理由があります。

「NFTは今、CDのように機能している」と彼は言います。

「それはデジタルなものですが、iTunesからダウンロードできるMP3データとは全く異なる、非常にエモーショナルなものなんです。」

この文脈で 「エモーショナル 」という言葉は少し奇妙に聞こえるかもしれません。

しかし、ビデオ・インタビューでの彼の説明を聞いたことで、私はNFTについて、そして、なぜそれが「エモーショナル」なのか、少し理解し始めました。

それは、自分だけのもの、唯一無二なものを所有することに関する問題なのです。

それ(NFT)は場合によっては、回顧録になることもあります。

しかし古風な人間である私は、来たるセカンド・アルバムもCDとしてリリースされることを、今でも望んでいます。

彼はその選択肢を完全に排除したわけではありません。アートワークを担当する人も、既にチーム内にいることですし!

日本の伝統音楽の現状


彼の演奏する楽器「箏(琴)」は、おそらく最もよく知られた日本の伝統楽器の1つです。

私は、「趣味として伝統楽器を弾き始めた若い人たちの間で、箏の人気はどうなのか」と尋ねました。

『他の(伝統)楽器に比べれば、かなり人気があると思います。年配の方にも同様です。ただ、普通の家にとっては大きすぎます。そういう意味では三味線や尺八の方がよっぽど始めやすいです。』

しかし、これだけ箏が知られているにも関わらず、彼はライブの後、「初めて箏を聴いた」「初めて箏の音を聴いた」と言われる状況に直面してきました。

「悲しいし、伝統音楽の未来が心配です」と彼は言います。

彼は日本の伝統音楽の現状を心から心配しています。

両方のインタビューで言及されたこのテーマは、彼にとって非常に身近なものです。

しかし、この衰退の背景には何があるのでしょうか?

彼は、(日本の伝統音楽に関係する人々の)コミュニティがあまりにも排他的で閉鎖的である ——— 少なくとも排他的に見える ——— ために、人々が参加することを怖がってしまうことが、全ての問題の原因だと見ています。

「これは、最初に解決しなければならないことです」と彼は言い、「もう1つの問題は、コミュニティーの中には、新しいものを受け入れられない人がいるということです」と続けます。

『業界外からもっと多くの人を招き入れれば、必ず新しいものが生まれるはずです。なぜなら、彼らは我々とは異なるアイデアを持っているからです。

それを実現するためには、コミュニティの問題を解決する必要があります。

そしてその後、業界外からどんどん人を呼んで、他の問題を解決していく必要があります。』

彼は伝統楽器を演奏する音楽家として、日本の伝統音楽シーンの現状について何か具体的なことをしたいと考えています。

これまでに、邦楽の歴史や現在の活動について、ネット上に記事を公開したり、解説動画を作ったりしています。そこで彼は、現在の活動内容に加え、日本の伝統音楽の歴史についても語っています。

5月28日、新和服デザイナーである蓮目萌々花さんと彼が共同で企画したイベントに参加し、生演奏を聴く機会がありました。

このイベントは「足るを知る」というコンセプトに基づいて制作された作品に焦点を当てたもので、来場者は現代的な和服のデザインに触れたり、茶会に参加したり、彼の音楽を聴いたりすることができました。

この記事に掲載されている写真で、彼が箏を演奏しているものは、全てその時のものです。彼は蓮目さんのブランドの衣装(SUOU)を着ていました。

その日曜日は、東京と名古屋の両方で用事がありましたが、彼の箏を生で聴きたかったので、名古屋から急いで東京に行き、そのイベントに参加しました。それが可能だったのは、新幹線のおかげです。

残念ながら、午後に行われたミニ・コンサートには参加できませんでしたが、茶会の席での演奏を楽しみました。

箏の音を聴きながら、この旅で初めて、日本にいることを実感したのを覚えています。また近いうちに彼の演奏を聴きに行く機会があるといいなと思います。

彼はとても意欲的で、深い熱意を持って事に当たる人物です。彼が書いた、後悔と失敗についての文章を読んで、それがよくわかりました。

彼は、後悔していることはたくさんあると認めつつも、後悔は未来に向かうエネルギーを高めてくれる、だから大切なのだ、と言った上で、こう続けます。「もしそういう経験がなかったら、今は音楽をやっていないかもしれないです。」

『後悔は本当に複雑なものです。それは僕にとって、色々な意味で非常に悪いものですが、重要なものでもあります。

失敗や過ちの記憶を忘れたいとは思いませんが、後悔からネガティブな感情が沸き起こることもある。難しいものです。

後悔は友であり、敵でもあります。僕はそれを失いたくないし、その後悔とともに生きていくつもりです。』

カフェで50分ほど話した後、最後に私は「何か付け加えることはないですか」と尋ねました。

とても長い沈黙が続きました。慎重に推論を重ねた後、彼は次のようにインタビューを締めくくりました。

『究極的に言えば、僕はミュージシャンである必要はないんだと思うんです。

何が言いたいかというと、ミュージシャンとしての自分には満足しているけれど、僕にとって本当に大切なのは、色々なことを経験したり、知ることなんです。

そこには音楽だけでなく、文学のような芸術もそうですし、経済、哲学、ビジネスなど、多種多様なものが含まれます。

僕はそういったものに非常に興味があります。知りたいと思うのです。

何か新しいことを知るたびに、とても興奮します。例えそれが僕の専門分野でなくても、例えば、法律のことであってもそうです。

僕はミュージシャンですが、ミュージシャンとしての活動を通して、音楽とは関係のないことも経験したいと思っています。

僕の核となるのは、日本の伝統音楽、西洋のクラシック、ロックに関わるミュージシャンです。しかし、その自分を通して、いろんなことを経験したり、知りたいという気持ちがすごくあるんです。

そして、そういう経験の結果、自分らしくいられるまた別の場所に辿りつけるのだと思っています。

僕はアーティストになりたいんです。必ずしも、ミュージシャンである必要はありません。』

Text and photos © Katriina Etholén
Big thanks to HISASHI for his help to get this article written.

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