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卒業式と著作権 音楽はタダではない
連載『コピーライトラウンジ』(第5回2015年3月) 月刊「パテント」(日本弁理士会)から転載(全14回)
街を歩けば、色とりどりの晴れ着や袴姿の女子学生を見かけます。今年も卒業式の季節になりました。
誰もが一度は経験する卒業式。かつて式の定番歌だった『蛍の光』や『仰げば尊し』に代わり、今ではポップス系ミュージシャンが競うように「卒業ソング」に挑戦しています。この時代に作られる歌の著作権の扱いはどうなっているのか少し気になります。「卒業イベントと著作権」、実はそれほど単純ではありません。
◆卒業ソングの権利
明治の中頃以来、卒業式の歌として知られる『蛍の光』(もとはスコットランド民謡)、『仰げば尊し』(作者不詳。来歴には諸説あり)はいずれも、著作権はすでに消滅していると考えられます。
したがって、誰がどのように使おうが、著作権侵害の心配はなさそうです。
しかし中学や高校生の間で人気の高い『3月9日』や『旅立ちの日に』『贈る言葉』など今どきの「卒業ソング」には著作権があります。
著作権法では、詩も曲も作った人の存命中はもちろん、死後50年(注。本記事の執筆当時は死後50年。現在は、死後70年です)、保護されます。その間は原則として他の人は、許可なく利用することはできません(私的な使用ならこの限りではありません)。
この時期、全国の学校でこのような「卒業ソング」が頻繁に歌われ、BGMとしてかかっていますが、何か問題はないのでしょうか。
第1に、卒業式の準備段階。講堂に皆で集まり、合唱練習することは自由です。式でBGMとして流すために市販のCDをコピー(複製)することも可能です。歌詞や楽譜のコピーもOKです。
一般に教育現場では著作権が制限されます(著作権法第35条「学校その他の教育機関における複製」)が卒業式は「授業の一環」とみなされ、その準備で卒業ソングを歌う、録音することに問題はありません(ただし、複製するのは教員や生徒に限られるなどの条件が付随しています)。
◆音楽はタダでない
第2に、卒業式の当日はどうでしょうか。
卒業生や在校生、教員、保護者が、「卒業ソング」を一緒に歌ったり、楽器演奏したりすることについて、著作権法上は問題がありません。また、入場や退場に際して、市販の音楽CDをBGMとして流すのも自由です。この場合、著作物を複製しているというよりは、法的には「上演」しているとみなします。
卒業式は(入学式も)「営利を目的としていない」「入場料金を取らない」「歌ったり、楽器演奏する人に報酬が支払われない」という3つの条件を満たすので、誰に断ることもなく、卒業ソングを合唱したり、入退場時にかけてもかまわないのです(第38条「営利を目的としない上演等」)。
このように、卒業式という式典やその運営においては、著作物の利用に関しては、権利が制限されます。
しかし第3に、卒業イベントの「謝恩会」では事情が異なります。「式典でOKなら、謝恩会でも卒業ソングを歌ったり、流したりしていいですよね」というのは間違いです。
音楽を使用する場合は許可が必要ですし、必要に応じて著作権料を支払わなければなりません。謝恩会は法的には教育の現場ではないし(35条関連)、会費(入場料金)が徴収される(38条関連)からです。
「え? 何かしっくりこない。おかしい」。こう思う人は、次のように考えてみてはいかがでしょうか。
謝恩パーティーで出される、食事や飲み物にはお金がかかっていますよね。
音楽も同じです。タダではありません。
結婚式の披露宴で、音楽を使うときに著作権料が発生しますが、これと同じです。
第4に、卒業式の模様を「記念DVD」などにするために録音する、つまり複製を作ることについては注意が必要です。「卒業の思い出」として生徒たちに配布する録音物や録画物は、第35条には該当せず、著作権の手続きが必要です。歌詞カードの複製配布も同様です。
◆「著作権、何とかならないの?」
ついでながら、全国の学校で、校歌や応援歌独自の入学や卒業の歌、地域の歌などを盛り込んだ「スクールソングCD」を作る計画が浮上しては、企画倒れになるケースが頻発していると聞きます。
理由は様々ですが、著作権に関わるものが多いらしいのです。
「歌は当時の音楽の先生が作曲した」
「詩は当時の生徒全員で作った」
「ジャケットをデザインした美術の先生はずいぶん前に退職して、居場所がわからない」
このような状況では、CD化することは困難です。先生の絵にも、生徒全員で作った詩にも著作権が及び、法的には全員の許可がないと「記念CD」「記念DVD」を作ることが難しいのが実情です。
「んな! 著作権、何とかならないの?」
固いことを言うようですが、現行法では、どうしようもありません。スクールソングを作る、学校のために校舎や運動場の絵を描くときは、将来に備えて合意形成したり、権利の在りかを学校や同窓会に帰属させておくことなどが必要です。
「うーん、何だか複雑だな」。そう思う人がいるかもしれません。確かに。
しかし、仮に自分が歌を作ったり、絵を描いて生計を立てている人間だと想像してみると、著作権について理解しやすいかもしれません。
(了)
みやたけひさよし 東京理科大学大学院イノベーション研究科教授。日本音楽著作権協会(JASRAC)理事。元共同通信社記者・デスク。著書に「知的財産と創造性』(みすず書房)など。最近ではエッセイ「売れる歌、残る歌」(『うたのチカラ」集英社。2014年11月)がある。
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