見出し画像

オフサイドと著作権 教わらないと分からない

連載『コピーライトラウンジ』(第13回 2015年11月)
月刊「パテント」(日本弁理士会)から転載(全14回)

著作権について話をするとき、サッカーのルールを例に挙げることがあります。

「1チームは11人で」「ゴールキーパー以外は手を使ってはいけない」は誰でも知っています。しかし、「オフサイド」となると自信を持って説明出来る人の数はぐっと減ります。オフサイドは、教わらないと分かりません。

たいていの人は「他人の著作物を無断でコピーしてはだめ」「他人の作品を自分の名前で公表してはいけない」ということぐらいは学校で教わらなくても、ばくぜんと知っているでしょう。あるいは、一般的な倫理観から推測して、そのように理解しているかもしれません。

しかし、「著作物は(日本の場合)作者の死後も50年間保護されるが、映画の保護期間は異なる」「学校の教室で資料の複製を配布しても良いが、塾や予備校ではダメ」というルールになると、きちんと知っている人は意外に少ないものです。


◆トラブル多発の理由

著作権にまつわる基本ルールを知らないと思わぬ事態に発展しかねません。

会社ぐるみで無断でソフトを複製して使っていれば、組織的な犯罪と思われてしまいます。「知らなかった」ではすまされません。

コピー機やデジタルカメラの急速な普及で、意図しようがしまいが、「複製する行為」が日常の一部になりました。しかし、複製手段や技術の普及ほどには、複製にまつわるルールは広まっていないように思います。

実際、今日もあちこちで著作権にまつわるトラブルが起きています。なぜこうなったのでしょうか。

著作権は長い間、作家や出版社、レコード会社、映画関係者など一部のプロだけが知っておけばよいルールでした。しかし、音楽をラジカセで録音したり、書籍や新聞をコピー機で複写することが容易になった1970年代以降、著作権は一般市民の生活にも及ぶようになりました。

デジタル技術の圧倒的普及のおかげで、著作権の環境が激変したと言えるでしょう。
今度は土地の所有権を例に取ります。

◆「勝手に横切らないで」

仮にあなたは当面使う必要のない土地を山間部に得たとしましょう。将来はログハウスでも建てようという算段です。最初は自然のままの状態です。木々が繁り、草ぼうぼうで、他人の土地との境界が明瞭ではありません。

この状況なら、自分の土地を不動産業者や測量士、電力会社の職員が「ちょっと通らせて」と横切ろうとしても気にしません。そこに住んでいるわけではないから、一時的に不法侵入があってもどうってことないです。

しかし、そのうちに、周辺で開発がすすみ、不動産業者が「新たな別荘地」と銘打ったため、セカンドハウス建設ブームが起きると、あなたも平静でいられなくなります。

まず、図面を点検します。区画がわかるように線引きしたくなります。「私有地につき無断侵入お断り」の看板を立てるかもしれません。そうなると、不動産関係者や見学者がいう「ちょっと通らせて」に対して寛大でいられなくなります。

通行する人が少なかった時は「権利」を主張しなかったが、往来する人が増えたために土地所有権の勉強を開始するようになります。土地に関する法律や制度が変わったのではなく、土地の状況が変わったために、「権利意識」が芽生えたというわけです。

著作権も同じです。法律そのものは大きく変わっていないのに、デジタル時代になってあまたのユーザーが他人の作品を利用する状況が現出したため、一挙に権利の問題が顕在化しました。

端的に言うと、複製技術の普及のおかげで、著作権を取り巻く環境が大きく変わりました。こうなると、著作権の知識が重要になります。

◆ゴッホの「ひまわり」で絵葉書を作ると

今では、初等中等教育の過程で、「情報」などの科目で著作権について学ぶ時間が設けられていますが、まだまだ足りないように思います。

そのためかどうか間違った著作権の説明が横行している現象に遭遇します。例えば、ペットの肖像やレストランの料理。「著作権があるので勝手に撮らないでください」というセリフを時々耳にします。

「勝手に撮らないでほしい」理由は、本当は別のところにあるのに、「著作権」を根拠にしたつもりなのです。

古い神社仏閣の関係者から「著作権の都合で、撮影はお断りしています」と言われた経験を持つ記者は多いですが、これも同じです。こういうのを「疑似著作権」と言うのだそうです。

逆の例もあります。欧州の美術館を訪れる日本の旅行客は、かつて教科書で見た名高い絵画や彫刻の撮影を許可していることに驚きますが、著作権の基礎知識があれば、驚くに当たりません(フラッシュ禁止は別の理由です)。

だから、美術館で撮影したゴッホ(1853-1890)の『ひまわり』で絵葉書を作っても、著作権法上は問題ありません。ところが、幼稚園児が描くひまわりの絵は著作権で保護されます。
親が「年賀状として使いたい」と思えば、著作権を持つ園児の許可が必要です。

ネット上ではさまざまなコンテンツに自由にアクセスできる時代です。うっかりしていると誰だって他人の権利を侵害しそうになります。著作権についての啓発がもっと欲しいなと感じます。
(了)

東京理科大学大学院イノベーション研究科教授。日本音楽著作権協会(JASRAC)理事。元ハーバード大学客員ジャーナリスト(NiemanFellow)。共同通信社記者・デスク、横浜国立大学教授を経て2012年から現職。著書に「知的財産と創造性』(みすず書房)など。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?