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所有からシェアーへ 誰か2時間でオペラを教えて

連載『コピーライトラウンジ』 (第10回2015年8月)
月刊「パテント」(日本弁理士会)から転載(全14回)

マザー・テレサの持ち物は、2枚のサリーとバケツだけだったと教わったことがあります。バケツはサリーを洗うため。マザーは「モノを所有することは、自由を失うことにつながる」と説いていたそうです。

著作権などの知的財産権は主に、有体物(モノ)でなく、無体物(情報やアイデア、コンテンツ)を対象にしますが、今日はモノについて考えます。

情報技術の圧倒的な進化のために、「モノを所有する」ことの位置づけが変化してきているからです。スマホで人がつながる時代に、モノの世界では、「シェアー(共有する、借りる)」が重要になってきたようです。


◆「借りてすます」自動車

「持ち家か、借家か」は古くて新しいテーマです。今では、自動車について「借りるか、買う(所有する)か」が、ホットな展開を遂げています。

既にレンタカービジネスは定着していますが、これに加えて、「カーシェアリング」という新たな業態ができました。あらかじめ会員登録しておけば、自動車を10分や15分単位で、借りることができます。

「ちょっとその辺で買い物」という気軽なニーズにぴったりです。

「自分で運転するのだから、運転手と自動車がセットになったタクシーは要らない」、さりとて「レンタカーを利用するのは大げさ」という使い方ができます。

人気は上々で、カーシェアリングを利用する会員数は、2005年に約1500人だったのが、2015年3月で68万人に達したそうです(交通エコロジーモビリティ財団調べ)。

自動車会社にすれば、「本当はもっと自動車を買ってほしい」と願うところでしょう。しかし自動車がユーザーのライフスタイルに組み込まれている以上、「借りてすます」人と自動車の新たな関係に目を向けざるを得ません。

◆飲み屋で一杯。さて帰りの足は?

スマホ時代になって新たな「シェアリングサービス」が登場しました。それは米国発の自家用車「ライドシェアー」(乗車提供サービス)です。ウーバー(Uber)が有名です。

専用アプリを通じて会員登録しておくと、ユーザーが好きな時に、好きな場所で、自家用車を運転している人ともつながって、乗車サービスを受けることができるのです。

例えば、飲み会が終わり、これから帰宅しようとします。その場合、簡単なスマホ操作で、近くを走行中の会員に来てもらい自宅まで乗せてもらえます。

相手はプロのドライバーとは限りませんが、「飲酒後の足が確保できる」点が受けており、全米の各都市で会員は増え続けています。

しかし、このサービスは「白タク」と同様に規制の対象となる国や地域が多く、「問題児」となるケースが多いようです。確かに、来てくれる人の運転技術や安全について不安が残るかもしれません。

このライドシェアーは、自宅やアパートを休みの間だけ貸し出すサービスと似ています。私の友人は毎夏、「別荘貸します」サイトを利用して、那須に滞在しています。

また、スマホでつながり、他人の家から家を転々としながら旅行する人の手記も時々見かけます。

ネットで人がつながる時代になって「空いている時間や場所」を貸し出すことが以前に比べて、はるかに容易になりました。

野球場も結婚式場もコンサートホール、映画館も、「使っていない時間、どうぞお使いください」と、切り売りができます。こんなことはスマホがなかった20世紀中に実現できませんでした。

◆オペラも東京タワーも

もちろん、白タク行為に関する規制があるようにリアルな社会では何らかの障壁が存在するでしょうし、思わぬ不都合もあるでしょう。

新たな技術の到来で、旧来のシステムを見直すことが必要です。安全面を十分に検討しなければなりません。

しかし、課題は課題として解決していけばよいように私は思います。

さて、私の関心は、著作権に関わるコンテンツの世界です。場所や施設、自動車などモノだけではありません。

専門知識などのコンテンツも時間単位でシェアーしやすくなりそうです。セミナーやカルチャーセンターに毎週行かなくても、もっと気軽に特定の知識や知見に触れたいという人は多いのではないでしょうか。

例えば「来週、オペラに初めて行くことになった。声楽科の学生に『トスカ』の見どころを教えてほしい」「仙台に来た。2時間、余裕ができた。郷土史家に会って支倉常長の話を聞きたい」ということはあると思います。

もちろん、「知識は教養と同じ。回転寿司のように欲しいものだけ気軽に得るものではない」という人がいるかもしれません。一理あります。

しかし、手っ取り早く知ることで足りる場合もあります。「東京タワーに詳しいエンジニア」「昆虫の生態を教えてくれる大学院生」と1時間、会うのも楽しいのではありませんか。

皆さんならどんな得意分野を他の人とシェアーしますか。大阪生まれの私は、「たこ焼き作りの秘訣」を他の地域の人とシェアーする用意があります。

(了)
東京理科大学大学院イノベーション研究科教授。日本音楽著作権協会(JASRAC)理事。元ハーバード大学客員ジャーナリスト(NiemanFellow)。共同通信社記者・デスク、横浜国立大学教授を経て2012年から現職。著書に『知的財産と創造性』(みすず書房)など。

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