見出し画像

LEONIEとマイレオニーの旅22 親子編⑤

伊藤勇気プロデューサー ロングインタビュー

第9回 エミリー・モーティマーとの出会い

レオニー役はエミリーしか考えられない

―― 勇気さんは以前から、エミリーの演技と人柄でこの映画は助けられたとおっしゃってましたが、エミリーってどんな人ですか?

勇気 魅力のある人、としか言えないと思います。
誰がレオニーをやるのか、というのを最初に考えた時、ハリウッドの錚々たる女優が候補としてリストに挙げられてたわけです。最初からエミリーの名前は出ていましたけど、ただ一番最初は、もっと有名な女優が第一候補だったんですよね。

でも、エミリーの映画を何本か観た後に、僕の中でピンッときた瞬間があったんです。「この人だ!」って。本当にその時、この人じゃないとダメだ、と思ったんです。

―― 何という映画ですか?

勇気 『トランサイベリアン』(「暴走特急 シベリアン・エクスプレス」日本未公開)です。「この人、うまい!」と思った。演技がうまいし、ずっと見てられるっていうのかな。あと、下手に作り込みすぎないところがいいなと。わざとらしくないんです。
やっぱり女性のきれいさ……容姿的な部分じゃないところでの女性としてのきれいさとか逞しさっていうのを出すためには、ただ容姿がきれいなだけの人ではできないわけですよね。それを作り込んでくる人、作り込まずして持ってる人とじゃ違うと思うから。
それでエミリーにピンと来た時から、もう他が見えなくなっちゃったんですよね。
もっともっと彼女のことを検索していくと、アーティストとして一本筋が通っている作品の選び方をしているし、このユニークなアプローチの作品、「縁」が多分に作用する作品の中で、彼女以外はもう考えられないって思った時があったんです。
それで松井に「絶対エミリー・モーティマーしかいないよ!」と勧めたんです。

突然、目の前にレオニーがいた! 

それこそ、まさにあのニューオリンズでクランクインした日。脚本も何度も読んだし、自分なりのレオニー像もあったけれど、一番レオニーだったのはエミリーだったんです。
突然、目の前にレオニーがいた!って感じ。やっぱり俳優ってのはすごい!と思わされましたね、あの時に。
いろいろ考えて、レオニーってああでもないこうでもない、こんな人で……と自分の頭の中で想像してたんだけど、とにかくあの時、目の前に本物のレオニーがいたんです。

―― 百聞は一見に如かず……。

勇気 そう。初日の現場でレオニーに出くわした時が僕にとっては一番センセーショナルでしたね。あの人はやっぱりすごいですよ。多くの俳優さんはみんなそうなんだろうけど、特に彼女は。

お互いに親子同士で会った初対面

―― エミリーとの最初の出会いはどんなだったのですか?

勇気 一番最初にエミリーと会ったのは、シナリオを読んで興味を持ったということで、松井と二人でロンドンに会いに行った、去年の1月13日ですね。
いま彼女が家族と住んでいる家はニューヨークにあって、そこへも何回か招かれて3、4時間ずっと一緒に話したりしているけれど、最初のとき、彼女はちょうど今アメリカとイギリスで公開しているマイケル・ケイン主演の『Harry Brown』という映画をロンドンで撮っていたんです。それで彼女はロンドンにいて、僕らは丁度日本からロスへ行く予定だったんだけど、エミリーに会うためにロンドンに飛んだんです。
エミリーがメールでいいレストランを予約しておいてくれるというんで、ロスからハイドパークのプロデューサーのパトリックを呼んで、松井と僕は東京からロンドンへ。約束の日に、もしかしたらエミリーがエージェントか誰かを連れて来るんじゃないかって、ロンドンのど真ん中にある高級レストランに出向いたら、なんと彼女はそこにお母さんを連れて来たんですよ。

―― えーっ、何てフレンドリーな……。

勇気 こっちもビックリしちゃったっていうか、僕たちはそこで初めて作品のことも話すし、仕事の話になると思ってたから。
お母さんは、当時エミリーのお父さんが寝たきりで、その看病がずっと続いていて、お父さんはもう今日、明日にも…という状態だったらしいんですよ。それで看病する毎日で気が滅入っちゃってたので、ロンドンまで一緒にご飯食べに行こう、人に会うから一緒に来なさいって、お母さんに息抜きさせたくて連れて来たと言ってました。
丁度いいことに、たまたま僕たちも親子だったから話が弾んだし、僕も彼女のお母さんに話の中に入ってもらうようにしたことで、逆に肩の力が抜けたというか…気楽な感じで話せたのがよかったですね。それが一番最初の出会いだった。
海外の女優さんだからかはわからないけど、仕事の夕食会にお母さん連れて来ようが、ボーイフレンド連れて来ようが、息子連れて来ようが関係ないでしょうって感じに最初からフランクでしたね。
それくらい、ちょっと触りに来たような感じだったんです。触ることもできるし、自分が気に入れば入っていける……というか。
でもすぐに意気投合して、松井ともお互いに一目惚れという感じでした。
で、その翌々日にお父さんが亡くなってしまって……。
でもそれがエミリー本人にとっては運命的だったというか、「何かすごく縁があった」と言ってましたね。

エミリーの人生の節目に『レオニー』がリンク

―― 人生の節目節目の大事な機微がいくつもリンクしてますね、この映画はエミリーにとっても。

勇気 僕が思うのは、エミリーの何がすごいかって、演技ももちろんすごいんですけど、自分の人生のワンシーンも共に賭けてくれくれたというか、一緒に経験できたっていうのが大きくて、本当に親近感が湧きました。
一緒に山を越えたっていう思いがあるから、何かあんまり「こういう人で……」っていうのは言いにくい。とにかく縁があったんです、本当に。簡単な言い方だけど本当にそういう感じ。「ご縁がありました」って。

―― エミリーも同じことを感じていたのではないでしょうか。

勇気 そうだと思いますよ。それを受け容れる許容範囲のある人だったから、こういう、ちょっと普通の映画とは違うかたちの『レオニー』を、やってみようって思ってくれたんじゃないかな。やっぱり、日本の、どこのものかわからない作品に手を出すのは、そうとう勇気が要ると思うんですよね。ああいう立ち位置にいる女優さんにとっては。

―― チャレンジャーですね。

勇気 チャレンジャーだし、すごく魂のある人ですよ。

『レオニー』が彼女にとって飛躍する作品になってほしい

―― エミリーにインタビューした時、天性のピュアさと健気さがあってすごくいい人だけれど、それだけじゃなく真に理知的で、自分のキャリアを確実に自分で選び取っている人だと思いました。そこだけ言うと計算高いみたいだけど、そうじゃなくて、自分の人生を自分で作っている人だから、『レオニー』の出演を決めたんだと強く思いましたね。

勇気 失敗もあったと思うし、いい人だから騙されることもあったかもしれない。でも、まさに自分の本を自分が携わる映画によって書いてる人だな、と感じました。自分の女優としての、アーティストとしての1ベージ1ページをすごくしっかり書いている人で、『レオニー』もあくまで通過点なのでしょうね。
でも、彼女の本のあるページを『レオニー』で埋めてくれたことが、僕はすごく嬉しく思うんです。だから作品の成功も当然大事なんだけど、これだけコントリビューション(貢献)をしてくれたんだから、彼女にとって飛躍する作品になってほしいな、というのは正直ありますね。
彼女が「レオニー」によってもっと知られたり、もっと認められたら、それはやっぱりすごくやった甲斐があったなと思います。

次回は、勇気さんが母としての松井監督を語る最終回です。


第10回(最終回)母との絆

画像1

映画製作のプロセスとは別に、私shioriが、どうしても勇気さんに伺いたかったことがあります。
シングルマザーである松井監督の息子として、同じく100年前のシングルマザーでイサム・ノグチを産み育てたレオニーの映画を、どう思っているのかということ。
プライベートにもかかわるデリケートな質問ですが、勇気さんはとても素直にフランクに語ってくださいました。

母の偉大さを男の子はなかなか受け容れられない

―― 映画とご自身との共通点についてどう思われますか?

勇気 うーん、僕にイサム・ノグチのような功績はないけれど、でもシングルマザーの一人息子としての絆、そういう部分に関してはすごく理解できます。
『ユキエ』が夫婦の話で、『折り梅』が家族の話で、『レオニー』は母と子の話だっていうのがあるわけですが……うーん、けっこう表には出て来ないんですよね、母と息子の関係って。見えてるようで見えないっていうか。
だからこそ、なおさら絆としか言えないんですけど、やっぱり母親の偉大さというのは、娘だとまたちょっと違うのかもしれないけど、息子ならなおのこと、若い時は、自分が大人にならないと母を受け容れられないんですよ。
男だからなのかもしれないですけどね、それはある意味(笑)。

―― 男の子のほうが、小さい時から「ママ大好き」っていう部分は強いのでは?

勇気 そんなことないと思いますね。僕は5歳の時に両親が離婚してるんですが、「お母さんが大好き」とはあんまり……シングルマザーなら母しかいないんだから。お父さんかお母さんかって選択できるんだったら「ママ大好き」ってのはあるかもしれないけど。僕は幼少の頃は時に父が好きでしたし、今も比べることはできないです。
でも片親っていうのは、ある意味母親が父親でもあるんです。
今35歳の僕の世代だと両親が離婚してるのって、小学校の時は僕しかいなかった。今では全然珍しくないし大したことじゃないのかもしれないけど、当時はけっこう重かったんですよ、子供としては。

―― どんなふうにそれを実感してましたか。

勇気 だって、下校途中に友達のみんなは「週末、ディスニーランドに行くんだ。お父さんとお母さんと」って言うんです。「そういうの、できないんだな」っていうのはやっぱりあったかな。
でも、別に親がいないから寂しいんじゃないんです。僕はおばあちゃん子で、おばあちゃんもおじいちゃんもいたから、一人でいるのが寂しいというより、「何で自分の両親は仲良くないの?」というのが、寂しいと思ったりした(笑)。
「異形だな」っていうふうには思っていたけど、でもその代わり、他の普通の家庭ができないことを、すごくいっぱいしてもらえたから。

―― どんなこと?

勇気 たとえば、家に女優さんが遊びに来たり。自分も撮影現場とかに行っちゃったり、友達とのマージャンに僕も行って、一緒に見てるとか(笑)。

―― ロックコンサートも中学生の頃から長い間、一緒にいらしてたそうですね。

勇気 そうそう、マイケル・ジャクソンとかガンズ&ローゼスとか(笑)。よく行きましたね。

カメラの後ろにいるオフクロの背中を見ていた

―― 勇気さんの中では、監督の彼女と母親である彼女はパッキリ分かれてるんですか?

勇気 全然パッキリしてないです(笑)。こういうふうに映画監督やっているのもオフクロの一部だし。そういう意味でいうと、普通のお母さんがすることはあんまりしてないんじゃないですか。
でも、普通の親父がすることはいっぱいしてくれていると思う。留学先のロンドンにずっと生活費を送ってくれたり(笑)。
やっぱり大人になってくると「俺はもう、オフクロとなんか一緒に住んでらんねえよ」とか、そういうのが削ぎ落とされてくるんですよ、年を重ねてくると。
僕なんかまだシングルで自分の子供もいないから、自分が親になった時の、子どもに対する見返りを求めない愛情ってまだ経験してないけど、やっぱり今回なんかはオフクロが作品を撮ってる時カメラの後ろに立ってる彼女に、“親の背中を見る”って感じはすごくありましたよね。

―― へえ~っ。

勇気 だって、どう考えたって、普通に考えたら僕よりも早く消えてしまうわけでね。そしたら、これは母が後に遺してくれる作品ですからね。

―― 変なこと言わないでください。

勇気 いや、遺してくれるものですよ、僕に。オフクロは死んだって、これは残るから。そこまで考えますよ。この映画が残っていくわけだから。そうするとやっぱり魂なんですよね。それを感じるのが、普通は親が死んでからだけど、映画を撮ってる時に感じられたっていうのは、僕にとってはすごく大きかったです。
ああ、いい絵……っていうか、「これなんだ」って思いながら、そのことを実感してましたね。

―― そこまで感じてらしたとは……、びっくりしました。

切っても切れない絆

勇気 人って何でもバランスが大事だと思うんです。母の母、つまり僕の祖母は専業主婦で普通のおばあちゃんで、それこそダンナの三歩後ろを歩いて来た人ですけど、でも、愛情だったり表現だったり優しさだったり、その人柄っていうところでは、何ら劣ることはないんです。
だけど、やっぱりオフクロに対しては、以前よりも年取っていっているのを見てるからだと思うけど、最初はお母さんていうだけだったのが、徐々に徐々に、本当にかけがえのない人になっていってるんですよね。
そんなことは人に話したことないし、当然本人にも言わないですが(笑)。

―― そこまで思えるようになったんですね。

勇気 でも、そういう感じ方って、けっこう新しい感覚で、僕にとっては。人間ってそういうもんなんだなって思いました。
何でおばあちゃんの話をしたかっていうと、それは誰のお母さんだって一緒だってこと。映画監督だからすごいんじゃなくて、オフクロだから。親だからすごいんです。親は、誰でも同じように子供を愛してくれていろんなものを与えてくれるけど、それを大きなかたちで「おお、これなんだ!」って思える作品を残していってくれるのは、やっぱり偉大だと思うし。
かといって「僕のオフクロ、すごいだろ」っていうようなことじゃないんですよ、全然(笑)。そこはお母さんだからなんですよ。
だから、まわりの友達から「お母さん、すごいよね。映画監督でさ」なんて言われても、「オフクロはオフクロだから、オフクロなんだよね」って感じなんです。
でも、僕とオフクロの間にある……誰にも話さないし、お互いに見向きもしないような、でも深いところで繋がっている絆っていうものは、切っても切れないのではないのでしょうか。だけど「すごい絆なんですよ」って人に見せるもんじゃない、みたいな(笑)。

―― きれいにまとめるつもりは全然なかったのに……、涙出てきました。ありがとうございました。

ここから先は

0字
1.映画監督松井久子と読者との双方向コミュニティに参加できる。2.ワークショップ(書くこと、映画をつくることなどの表現活動や、Yogaをはじめ健康維持のためのワークショップに参加できる)3.映画、音楽、アート、食と暮らしなどをテーマに一流執筆人によるコラム。4.松井久子が勧めるオンライン・セレクトショップ。

鏡のなかの言葉(定期購読)

¥1,000 / 月 初月無料

映画監督松井久子が編集長となり、生き方、暮し、アート、映画、表現等について4人のプロが書くコラムと、映画づくり、ライティング、YOGA等の…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?