見出し画像

稲木紫織のアート・コラムArts&Contemporary Vol.8

湯沢薫個展「The timeless wind blows in my mind」  開催中の森岡書店にて美しい風の中に佇む

美術家・湯沢薫さんの美術家としての活動21年目を記念する展覧会が、銀座の森岡書店にて始まった。今展は、サンフランシスコ・アート・インスティチュートで学んで以降、国内外の展覧会に参加し、写真、立体、絵画、音楽など、様々な手法で制作活動を続けてきた彼女にとっての「原点回帰」がテーマとなっている。

画像1

                                                                                           森岡書店での湯沢薫さん

森岡書店は2006年、店主の森岡督行さんが、茅場町の歴史的な古い建物でスタートさせた写真集メインの書店だったが、あまりにフォトジェニックなインテリアゆえ、撮影場所としても愛されていたが、2015年、銀座に移転。銀座店も、東京都歴史的建造物に指定されている鈴木ビルの一階にあり、訪れるだけで風情を感じる。そして、本店の特徴は「一冊の本を売る店」。

画像2

                      1929年に建てられた鈴木ビルの一角に森岡書店が(撮影:亀井孝政)

様々なジャンルの書籍を一冊だけ、個展開催のような期間で扱い、それがギャラリーのように、次々と違う書籍へ変わっていく。最初は今までにない書店の在り方に驚いたが、現在では、何か月も先まで予定が入り、海外からも多数取材され、世界中から注目されている隠れ家的名書店である。

画像3

                                                                       森岡書店の入り口(撮影:亀井孝政)

今展の特徴は、2015年、森岡書店が銀座に移転後、2つ目の展覧会で発売された湯沢薫さんの写真集『幻夢』が、「原点回帰」のテーマに合わせ、改めて店頭に置かれるのを始め、キャンバス作品、立体作品の他、薫さんが趣味で楽しんでいるニット製品が販売されていること。それらは、18世紀のフランス貴族が愛用したスリッパーズをモデルにした室内履きや、1910年のパターンで編まれたエドワーディアンのセーターなど、趣が深い。室内履きは、内側まで毛糸のループがたくさん編まれ、可愛いらしさと保温性も抜群だ。

画像4

                    18世紀のフランス貴族のスリッパーズをモデルにした室内履き

「私は幼少の頃、母から編み物を教わりました。2年前の夏、事故で首から下が麻痺し、人工呼吸器を付けて院している母の病院を訪れる度、眠っている母の隣でずっと編み物をしていました。母と同室の患者さんと親しくなり、私のニットを見る度に、皆さんがとても喜んでくださいました。病院でがんばっている母や患者さんたちと共有した時間を、何か形にしたいという思いがあり、今回の個展でニットを販売することにしました」と薫さん。

 グレーのリボンかスカーフのように見えるのは、18世紀のフランス貴族が使っていたデザインのコインパース。ニットに2つのリングが留めてあり、両端にコインなどを収納でき、リングを移動させることでコインを出したり仕舞ったりできる、見た目と違って実用品。当時の貴族は、これだけを手に持って、優雅に外出していたらしい。しっかりと時代考証がなされており、18世紀にワープできる逸品。

画像5

                   18世紀のフランス貴族が使っていたデザインのコインパース

キャンバス作品にも立体作品にも、彼女独特の自然素材の他に、バレエのモチーフが目立つのは、16歳で膝を痛めるまでプロのバレリーナを目指し、人の3倍猛特訓していたから。「バレエを諦めるのは苦渋の決断でしたが、バレエをやっていたから、私の中にはいつも音楽やリズムがあります。その音色を作品に閉じ込めたい」と語る。

 キャンバス作品は、まずアクリル絵の具で下地を何層にも塗る。それだけで10日間かかるとか。そこに、フィルムカメラで撮影して暗室で自ら焼き、10層くらいレイヤーを重ねたシープリントという手法の写真を貼ったり、本物の花、植物の種子、羽、オーガンジー、アンティックのガラスビーズなどをあしらったり。ポエティックな文字が浮かんでいるが、「無意識の世界、インスピレーションが降りてくる。文字が降りてくる」と薫さん。

画像6

                              キャンバス作品

立体作品は、薫さんの庭で育成されている植物を収集し、木の表皮を削ったり、タンポポの種子を定着させたり、シルクオーガンジーの繊維を一本一本抜き、アブストラクトみたいに鎖編みしたものが使われたりと、超絶繊細な作品。「インスピレーションの溢れるまま、自動書記のように手が動く」のだそう。

画像7

                             立体作品

そして「原点回帰だから、絶対、森岡さんのところでやりたいと思っていた」という薫さんだが、森岡さんとの出会いは10年程前、森岡書店が茅場町の頃に遡る。当時、モデルとしても活躍していた薫さんは、撮影のため森岡書店を訪れ、その後、美術家として個展を2回開催し、今展が4回目となる。彼女が「森岡さんとは縁が深い」と語る縁を、森岡さんに伺った。

「『幻夢』の時、写真集の後書きを書かせていただいたんですが、湯沢さんからイメージがいっぱい送られてきて、これはすごいなと思って、湯沢さんにインタビューもして。そしたら、サササーッと書けたんですよね。作品のこととか、そういうことじゃないと。私で然るべきだと思いましたよ。私以外は書けないなと思った」との言葉に衝撃をうける。森岡さんは、文筆家として何冊も上梓している名文家でもある。

画像8

               湯沢薫写真集『幻夢』HeHe刊 /5,000円(税抜)

『幻夢』は表紙を開くと、薫さんの最愛の父親の葬儀場に掛かったカーテンから始まり、夢で見た庭なのかリアルなのかわからない、幻想的な景色が続く。見たい景色を求めて、無意識にシャーマニスティックに行動しているから、「シャッター押した後、ふと気がつくと高い場所まで登ってしまい、どうやって降りようかと思いながら崖を降り始めたら、滑り落ちて泥だらけになったことがある」と、薫さんが語っていたことがある写真集だ。

画像9

    左から、森岡書店店主・森岡督行(もりおか よしゆき)さん、湯沢薫さん

「私の娘は湯沢さんと似てるところがあるんです。湯沢さんは、お父さんとの関係性が非常に大切だと思うので、私と娘の関係性が私はわかるんですよ。だから、湯沢さんとお父さんとの関係性も、ある種、切実にわかるんですよ。霊感が強いし。湯沢さんはこっちの世界に戻ってこられるけど…」と森岡さん。 

 薫さんが「私たち、似ていて、よく兄妹ですか? って言われる」というお二人の不思議なハーモニーを感じながら、この個展に潜む物語の陰影が、さらに濃くなっていく。「今回制作した作品たちを通して、物理的な時間を超えた風のような息吹を、見てくださる方々の心に届けられたら本望です」と薫さんが語る、美しい風の中にぜひ佇んでほしい。

森岡書店
会期:9月29日~10月4日
開店時間:13:00~20:00
住所:東京都中央区銀座1-28-15鈴木ビル
tel:03-3535-5020

しおり〜カバー

稲木紫織/フリーランスライター、ジャーナリスト
 
桐朋学園大学音楽学部卒業  
音楽家、アーティストのインタビュー、アート評などを中心に活動
著書に「日本の貴婦人」(光文社)など

ここから先は

0字
1.映画監督松井久子と読者との双方向コミュニティに参加できる。2.ワークショップ(書くこと、映画をつくることなどの表現活動や、Yogaをはじめ健康維持のためのワークショップに参加できる)3.映画、音楽、アート、食と暮らしなどをテーマに一流執筆人によるコラム。4.松井久子が勧めるオンライン・セレクトショップ。

鏡のなかの言葉(定期購読)

¥1,000 / 月 初月無料

映画監督松井久子が編集長となり、生き方、暮し、アート、映画、表現等について4人のプロが書くコラムと、映画づくり、ライティング、YOGA等の…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?