落書き

 進んだ技術とそれに伴って廃れた技術は一体どちらの方が多いのだろうか。
 技術は複雑化しつつ多機能化していく一方で、全てが集約されていっているように思える。古典技術として生き残るものもあれば、本の中でしか語られなくなった技術もある。もし、歴史を変える事が出来たとしたら、技術そのものも変わってしまうのだろうか。

 池井御堂は今年の夏で三十歳になる予定だ。就職もせずに学生の時から住んでいるマンションにずっと住んでいる。二年前に両親に咎められて以来、喧嘩別れのように実家に帰る事も連絡を取る事もしていないので、すっかり疎遠になっていた。
 それでも就職をしていないというだけで仕事をしていないわけではなかった。ただ、万人に公言出来るような内容ではなかった。それは本人が一番厭と言う程に理解していたし、実際そうであった。
 ほうぼうに疲れたテイで仕事から帰って来た御堂は、家に着くなり愛用の二人掛けソファーに腰を降ろした。春先で暖かくなったとは言え、仕事明けが朝方になる御堂にとって上着とマフラーはまだ必要だった。マフラーを解き上着を脱ぎながら、「ディスプレイオン」とテレビを点けた。電子ディスプレイよりは通常ののディスプレイの方が映像が目に優しいと御堂が好きだった。早朝のニュースではテレビでは歴史修正主義者たちを非難する報道がなされていた。

 歴史を変える事は未来への冒涜であり大変重罪であり……
 過去を変える事は生まれなかった人が出てきてしまうという倫理人道的な……
 未来という時間の概念を……
 電子刑法何条に該当……

「最近特に騒いでいるなぁ」
 やっと寛いだとばかりに御堂は呟くと、机の上に仕舞っていた布をひいた。埃がない事を確認しながら、次に鞄から箱を取り出す。手袋をした手で箱の蓋をそっと開けると、其処には緑色の表紙の和綴じの本が和紙に包まれて入っていた。崩さないようにそっとした手つきで布の上に置くと、これもまた傷めないようにそっと開いた。
「……慶長……戦国時代か」
 和本を解読する事に集中する御堂には、もはやテレビの音は聞こえていなかった。

 池井御堂―――彼は、和書や掛け軸を中心に美術品の窃盗を生業にしていた。 進んだ技術とそれに伴って廃れた技術は一体どちらの方が多いのだろうか。
 技術は複雑化しつつ多機能化していく一方で、全てが集約されていっているように思える。古典技術として生き残るものもあれば、本の中でしか語られなくなった技術もある。
 もし、歴史を変える事が出来たとしたら、技術そのものも変わってしまうのだろうか。

 ※

 池井御堂は今年の夏で三十歳になる予定だ。
 年齢の割に童顔の為に、いまだに学生に間違われる事が多かった。ベリーショートとも言える短い髪の毛は染める事もせず黒いまま、目つきが悪いと揶揄される釣り目は実は視力が良かったりしている。168センチの身長は170に届かない故のコンプレックスと、その代わりと言った細長い手足が自慢の何ともアンバランスな体系をしていた。それでも毎年63キロ台をキープしているのは集中すると食べる事を忘れてしまう性格故だ。放っておけば、甘いお菓子ばかり食べてしまう。
 就職もせずに学生の時から住んでいるマンションにずっと住んでいる。二年前に両親に咎められて以来、喧嘩別れのように実家に帰る事も連絡を取る事もしていないので、すっかり疎遠になっていた。
 それでも就職をしていないというだけで仕事をしていないわけではなかった。ただ、万人に公言出来るような内容ではない。それは本人が一番厭と言う程に理解していたし、実際そうであった。

 ほうぼうに疲れたテイで仕事から帰って来た御堂は、家に着くなり愛用の二人掛けソファーに腰を降ろした。春先で暖かくなったとは言え、仕事明けが朝方になる御堂にとって上着とマフラーはまだまだ必要だった。黒いマフラーを解き紺色の上着を脱ぎながら、「ディスプレイオン」とテレビを点けた。電子ディスプレイよりは通常ののディスプレイの方が映像が目に優しいだろうと御堂が好きだった。早朝のニュースではテレビでは歴史修正主義者たちを非難する報道がなされていた。

 歴史を変える事は未来への冒涜であり大変重罪であり……
 過去を変える事は生まれなかった人が出てきてしまうという倫理人道的な……
 未来という時間の概念を……
 電子刑法何条に該当……

「最近特に騒いでいるなぁ」
 やっと寛いだとばかりに御堂は呟くと、机の上に仕舞っていた布をひいた。埃がない事を確認しながら、次に鞄から箱を取り出す。手袋をした手で箱の蓋をそっと開けると、其処には緑色の表紙の和綴じの本が和紙に包まれて入っていた。崩さないようにそっとした手つきで布の上に置くと、これもまた傷めないようにそっと開いた。
「……慶長……戦国時代か」
 和本を解読する事に集中する御堂には、もはやテレビの音は聞こえていなかった。
 池井御堂―――彼は、和書や掛け軸を中心に美術品の窃盗を生業にしていた。
神社仏閣は、一部を仮想現実へ移していったが大概は古来変わりなく杜の中に鎮座している。宝物庫も然り。セキュリティは格段に上がっているかもしれないが、それは上流に乗っかった場合。多くは自前でなんとかしないといけないので、それなりに穴があったり差が出ている。
御堂はその穴を狙い、古臭い錠前をピッキングで解除してみたり、ハッキングして電子錠を解除しては宝物庫に忍び込む。
罰当たりだと罵られそうな行為であるが、まぁ、御堂には敬虔深い信心がなかったのが幸いだった。

 気の触れた蒐集家だろうが、趣味のコレクターだろうが、俄のオタクだろうが、御堂の売ったものを大事にしてくれるのなら売る相手は誰でも良かった。見合った物を見合った人に、見合った価格で。それが御堂の信条だった。
 ただ、難点を挙げるとしたら買い取る場合は現金紙幣一括という事だった。電子マネーが横行する現代において、彼は物である紙幣を要求した。その方がアシがつきやすいと非難されると、その人へは売るのをやめた。
 御堂は、その界隈でも変わり者扱いされていた。

「……あ? もうこんな時間か」
 カーテン越しの明るさに気がつくと、御堂は凝り固まった肩や腰をポキポキと鳴る程に伸ばしたり捻ったりした。明るさを称えてはいるが太陽はすでに頂上から降り始めていた。無操作時間が長かった所為で、テレビの電源はオフになっている。
 真贋の見極めは難しいなァと、御堂はぼやきながら本を箱へしまう。贋作を持って帰ってきた事は何回もあるし、お目当ての品ではなかった事はもっとあった。つまりはまぁ、端的に言って御堂はこの世界に向いていなかった。
「……あれ」
 箱にしまっている最終で、御堂は持って帰って来た覚えのない本を見つける。
 和綴じの小さな本は、濃い紺色の下地に白い花の絵と十字架が描かれた表紙を湛えていた。表題の文字は乾く前に手で触れてしまったように翳んでおり読み解く事が出来ない。盗った本の数は覚えているので、明らかに一冊分合わない。
「おっかしいなぁ……。興味を持つ類の表紙じゃあないのに」
 手袋をはめ直し、本の頁を捲る。その瞬間、御堂の頭の中にある声が響いた。
【旧ニ復セヨ】
「……え」
【過ツテ変エラレタ人ノ未来ヲ旧ニ復セヨ】
 低い男性の声と高い女性の声がハモっているかのような、二重に聞こえる気味の悪い声。抑揚を限りなく抑えた子供が造った下手な機械が読んでいるかのようなトーン。御堂は右耳を押さえて辺りを振り返るが、この部屋には当たり前だがひとりしかいない。
「なんだよ……これ」

【過ツテ変エラレタ人ノ未来ヲ旧ニ復セヨ】
【過ツテ変エラレタ人ノ未来ヲ旧ニ復セヨ】
【過ツテ変エラレタ人ノ未来ヲ旧ニ復セヨ】
【己ニ力ヲ授ケヤウ】
【サスレバ呪ハ解カレヌ】

【己ハ今カラ審神者ト成ル】


 刀剣乱舞二次創作になっていく予定。

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