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抗がん剤による『しびれ』

全ての抗がん剤ではありませんが、ある特定の抗がん剤の副作用として『しびれ』が出てしまうことがあります。
この抗がん剤によるしびれを、化学療法誘発性末梢神経障害(Chemotherapy-Induced Peripheral Neuropathy : CIPN)といいます。

しびれに関しては、このブログでも書いたことがありますので、もしまだご覧になっていない方がおりましたらそちらもご参照いただけますと嬉しいです。
しびれ(末梢神経障害)①:https://note.com/hisa_ohori_2020/n/n9a77a4c68ae1
しびれ(末梢神経障害)②:https://note.com/hisa_ohori_2020/n/nc97fb8534b85

ちなみに、昔YouTubeにも解説動画をアップしておりましたので、そちらの方がわかりやすいかもしれません(https://youtu.be/1Yff5Qmojhc)。
お時間あるときに一度覗いてみてくださいな。

さて、末梢神経障害(しびれ)を起こす可能性が高い抗がん剤は、下のようなものです。
タキサン系:パクリタキセル(ナブパクリタキセル含む)、ドセタキセル
同じ微小管阻害剤であるエリブリンもやっぱりしびれが多めです。
プラチナ系:シスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチンなど
プロテアソーム阻害薬:ボルテゾミブ
(より新しいプロテアソーム阻害剤である、カルフィルゾミブやイキサゾミブは末梢神経障害の発症率が低いと言われています。)

特にオキサリプラチンは、
①ほぼ必発であること
②投与回数・量に応じて徐々に悪化していく傾向にあること
③回復に長期間を要すること
などから、化学療法誘発性末梢神経障害(Chemotherapy-Induced Peripheral Neuropathy : CIPN)を引き起こす抗がん剤の代表として、最もよく話題にのぼるクスリです。
次点で、パクリタキセルでしょうか?
発症頻度は60%程度と言われていますし、徐々に増悪する傾向はオキサリプラチンと同様ですが、終了後比較的速やかに改善に向かうとされています(一部長期化してしまう方もいらっしゃいますが)。

オキサリプラチンは、結腸直腸がん(いわゆる大腸がん)、胃がん、膵がん、小腸がんに適応があり、これらのがんで抗がん剤治療を行う場合には、かなりの割合で使用されるため、使用者が多いという面もあります。
パクリタキセル(ナブパクリタキセル)は、乳がん、肺がんをはじめ卵巣がん、子宮体・頸がん、胃がん、頭頸部がん、食道がん、胚細胞性腫瘍など、とても多くのがんに適応があります。
ここで挙げた「がん」は、罹患率の上位を占めるものであり、抗がん剤治療を受ける方の80%以上を占めるのではないでしょうか?
つまり、抗がん剤治療を受ける必要がある場合、オキサリプラチンかパクリタキセルが使用される可能性は非常に高く、末梢神経障害を経験される方も非常に多いというのが現状です。

また特に、オキサリプラチンとパクリタキセルのどちらも適応を有する「胃がん」では、
一次治療でオキサリプラチン
二次治療でパクリタキセル という流れが一般的になりつつあり、
末梢神経障害(しびれ)で苦労する方がとても増えました。

苦労というのは、もちろん患者さんもですが
治療医としても、せっかく効果がでているのに、しびれで中止してしまうのはもったいないという気持ちから何とか対処できればと試行錯誤するのですが、うまくいくことが少なく、無力感が漂います。
特に、寒い季節は一段としびれを感じるようになるため、冬の外来での話題の多くを「しびれ」がかっさらっていきます。
話せば「しびれ」が軽くなるのであればいいのですが、寒さが厳しくなるにつれ、しびれも強くなってくる感じで、つまり冬場は外来で話せば話すほどひどくなっていく印象であり、かなりの方が冬場に休薬や他剤への変更をしているのではないかと思っています(気のせい?東北地方だけ?)。

このように、化学療法誘発性末梢神経障害(Chemotherapy-Induced Peripheral Neuropathy : CIPN)は、困る人が大勢おり、かといって良い対策方法に乏しいため、改善に向けた研究もかなり盛んにおこなわれております。
・抗うつ剤
・抗けいれん薬
・各種ビタミン剤
・牛車腎気丸
・プレガバリン、ガバペンチン
・NSAIDs、オピオイド
これら薬物療法の他、下のような非薬物療法やサプリメントも多数検討されています。
・ヨガ
・運動、エクササイズ
・鍼灸
・抗がん剤投与中に四肢を冷却する
・圧迫療法
・ガングリオシド(Ganglioside-monosialic acid : GM-1)
・オメガ3系脂肪酸
・Acetyl-L-Carnitine

化学療法誘発性末梢神経障害(Chemotherapy-Induced Peripheral Neuropathy : CIPN)に対して、ASCO (An American Society of Clinical Oncology : 米国臨床腫瘍学会)が2020年7月にガイドラインを発行しています。
ちなみに、日本がんサポーティブケア学会が2017年に「がん薬物療法に伴う末梢神経障害マネジメントの手引き」(こちらから全文ダウンロード可能になっています:http://jascc.jp/wp/wp-content/uploads/2018/12/book02.pdf)というものを発行していますので、ご興味のある方はご一読ください。

ASCOのガイドラインにおいて、CIPNを『予防』するために提案できる方法は今のところないようです。
CIPNの『治療』として本ガイドラインで推奨されているのは唯一デュロキセチン(サインバルタ®)のみです。
デュロキセチンは、抗うつ剤として発売されましたが、その後用途が広がり、現在は糖尿病性神経障害に伴う疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛、慢性腰痛、変形性関節症などによる疼痛へも適応がありますので、「うつ病」のクスリというと飲みにくいイメージがあるかもしれませんが、神経や筋・関節系の痛み止めという認識であれば、少しは受け入れやすいでしょうか?

こういう「●●のクスリ」というイメージは結構厄介で、がん治療医としてはデュロキセチン(サインバルタ®)をCIPNの改善を期待して処方するわけですが、薬局さんでクスリの説明がなされたり、説明書きの紙に「ゆううつな気分を改善するお薬です」とか記載されていると、
「オレは別に気分は落ち込んでいないから、飲む必要ないと思って飲まなかった!」と次の診察時に胸を張ってお話しになる方が結構な割合でいらっしゃいました。
(最近は、抗うつ剤以外の適応が増えてきているので、その様に書かれていないかと思いますが)
オランザピン(ジプレキサ®)というクスリも、抗がん剤の吐き気に対して非常に有効なので、他の薬剤で改善が難しい場合やそもそも強い吐き気が出てしまう可能性が高い抗がん剤を使用する場合に処方するのですが、そもそも『統合失調症』の治療薬(抗精神病薬)であるため、なかなか受け入れてもらえないことがありました。

話をデュロキセチン(サインバルタ®)に戻します。
このお薬は、飲み初めに少し吐き気を催す人がいるので、僕は吐き気止めを一緒に処方していることが多いです(開始2週間くらいの期間のみ)。また、少し眠くなったりしてしまうことがある(傾眠の発現率は20.9%とされている)のでクルマの運転には特に注意が必要です。

そしてCIPNにおいてさらに難しいのは、唯一ガイドラインで推奨されているデュロキセチンを内服しても、明らかにしびれが改善する方はとても少ないことです。
そもそもCIPNの原因となっている抗がん剤を続けながらとなると、投与回数が増えるほどCIPNは悪化していく傾向にあるため、しびれが改善する、軽くなるというよりは、悪化のスピードを遅らせるようなイメージの方が近い印象です。

■まとめ
あくまでもガイドラインは、エビデンスを元に作成されています。
つまり、ある一つの方法に関して、「良い」「効果的」という報告があっても、他方で「無効」という報告があったりするとなかなか推奨とはなりません。
また、「効果的」という発表しかなくても、症例数が少ない場合には採用されないことが多いです(発表バイアスといって、「無効」というデータが発表されていない可能性があるからです)。
さらに、ガイドラインは多くの人にメリットがあるように作られていますので、個人個人においてどうか?という話はしていません。
デュロキセチンで効果が出ないとき、他に方法がないということではなくて、色々試してみて、自分に合う方法を見つけていくという手段もあると僕は考えています。
少しでもご参考になれば嬉しいです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。


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