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マスクの効果を示す論文の信頼性について

マスクの効果を訴えるためにいくつかの研究を示している記事があります。

例えばこの記事においても、複数のエビデンスを用いてマスクの効果を主張しているようなのですが、用いられたエビデンスはマスクの効果を直接証明しないものや、信頼性の低いものばかりです。

そこで今回は上記の記事で示された全てのエビデンスに対して「なぜエビデンスレベルが低い、または信用するに足りないのか」という点を説明していきたいと思います。

発症前に感染性のピークがあるからマスクを着けるべきだという主張について

まず上記の記事では、Temporal dynamics in viral shedding and transmissibility of COVID-19(ウイルス排出における経時活動力とCOVID-19の感染性)という論文を取り上げて、「感染者の感染性は発症前にピークに達するからマスクを着けるべきだ」と主張しています。

この研究では、94名のCOVID-19感染者のウイルス量(発症開始から32日後の期間)を測定しました。それに加え、中国での77個の感染事例から、1次感染発現から2次感染発現までの期間の平均値は5.8日、中央値は5.2日であると判明しました。
以上のデータを解析した結果、感染性について以下のように述べられています。

In conclusion, we have estimated that viral shedding of patients with laboratory-confirmed COVID-19 peaked on or before symptom onset
出典:Nature medicine "Temporal dynamics in viral shedding and transmissibility of COVID-19"

筆者和訳:結論として、私たちはCOVID-19感染者のウイルス排出について、発症開始以前か発症開始時にピークに達すると推定した。
(この論文では、「発症2日前から1日後の間に感染性のピークに達するだろう」と言われています)

ここで疑問点が2つあります。

1つ目は、論文内でも"although we did not have data on viral shedding before symptom onset"(私たちは発症以前のウイルス排出についてのデータを持っていないけれども)と記されているように、発症前に感染性があると結論付けておきながらCOVID-19発症以前のウイルス排出のデータが無いという点です。

2つ目は、新型インフルエンザの対策に関するエビデンスのまとめで言われているように、「必ずしもウイルス排出が見られることが感染性を示すことではない」ということです。

要するに、排出されたウイルスに活性があるかないかわからない、ということです。

例えば、Influenza A Virus Shedding and Infectivity in Households(家庭内でのインフルエンザウイルスA型のウイルス排出と感染性)という論文においては、以下のように結論付けられています。

All the models we considered that used viral loads to approximate infectivity of a case imperfectly explained the timing of influenza secondary infections in households.
出典:Pub Med "Influenza A Virus Shedding and Infectivity in Households"

筆者和訳:私たちが考察した全てのモデルは症例の感染性を求めるためにウイルス量を用いたが、家庭内におけるインフルエンザの2次感染のタイミングを完全に説明しなかった。

さらに、新型コロナウイルスの発症2日前から感染性があるという研究結果が正しいとしても、感染性があるからと言って飛沫に多量のウイルスが含まれているとは限りません。

以前の記事でも示したように、Nature誌に掲載された研究によると、旧型コロナウイルス感染者(症状有)の10人中3人の飛沫(30%)、インフルエンザ感染者(症状有)の23人中6人の飛沫(約26%)にしかウイルスは含まれていませんでした。

しかもそれは、感染者を厳重な装置の中に入れて30分間ウイルスを集積し続けた結果です。日常生活でそんな場面はありえないので、ウイルスを含んだ飛沫への暴露量はさらに低く見積もることができると考えられます。

その程度のウイルスで本当に他人を感染させることはできるのでしょうか。

以上より、「COVID-19感染者の感染性は発症前にピークに達するからマスクを着用するべきだ」という主張には不明瞭な点が多いと言えます。
「会話や呼気でも飛沫が発生する」という主張も同様です。


発症前からのマスク着用で家庭内感染が減少したという研究

Reduction of secondary transmission of SARS-CoV-2 in households by face mask use, disinfection and social distancing: a cohort study in Beijing, China(フェイスマスク着用、消毒、ソーシャルディスタンスによる家庭内のSARS-CoV-2の2次感染の減少:中国、北京市でのコホート研究)という論文も、マスク着用の効果を示すエビデンスとして挙げられていました。

この研究によると、発症前からのマスク着用で家庭内感染が大きく減少したと言います。

しかしその内容としては、家庭内で2次感染が起こらなかった83個の家庭と、家庭内で2次感染がおこった41個の家庭に対して、感染対策についてのテレフォンインタビューを行ったという後ろ向きコホート研究です。
そのため、この論文内では次のように述べられています。

Our study has limitations. Telephone interview has inherent limitations, including recall bias.
出典:BMJ Journals "Reduction of secondary transmission of SARS-CoV-2 in households by face mask use, disinfection and social distancing: a cohort study in Beijing, China"

筆者和訳:私たちの研究には制限がある。テレフォンインタビューは、その性質上、想起バイアスなどを含んだ制限がある。

つまり、家庭内における発症前からのマスク着用をどのように調査したかと言えば、テレフォンインタビューのみです。

そのため、2次感染が起こらなかった家庭は「感染対策をしっかりやったから2次感染を防げた」というバイアスが働き、2次感染が起こった家庭は「感染対策ができていなかったから2次感染が起こったのではないか」というバイアスが働いた可能性があります。
さらに、論文内で示されていたように、想起バイアスが働いた可能性も否定できません。

したがって、この論文単体は「発症前からのマスク着用で家庭内感染が大きく減少した」と主張できるほどエビデンスレベルが高くありません。


ハムスターを用いた研究

次に挙げられていたのが、Surgical Mask Partition Reduces the Risk of Noncontact Transmission in a Golden Syrian Hamster Model for Coronavirus Disease 2019 (COVID-19)(サージカルマスクの仕切りがゴールデンハムスターモデルのCOVID-19非接触感染リスクを減らす)という論文です。

この研究は、COVID-19に感染したハムスターと通常のハムスターをケージの中に入れて、サージカルマスク(医療用マスク)で仕切りをして感染率を調べたというものです。

結果として、仕切りなしで66.7%のハムスターが感染し、感染したハムスターに対しての仕切りで16.7%が感染、通常のハムスターを保護するための仕切りで33.3%が感染した、との報告が出ています。

まず留意しなければならないのが、動物実験は最もエビデンスレベルが低いという点です。

これだけで説明は足りるのですが、一応詳細も確認しておきます。

この研究では2つのハムスターのケージの間に送風機が置かれていたようなのですが、以下のように述べられています。

The speed of the unidirectional airflow could not be unified when the surgical mask partitions were installed, but that would also apply when surgical masks were worn by different individuals in real life, and this could indeed be a mechanism for protection during mask usage.
出典:OXFORD ACADEMIC "Surgical Mask Partition Reduces the Risk of Noncontact Transmission in a Golden Syrian Hamster Model for Coronavirus Disease 2019 (COVID-19)"

筆者和訳:一定方向への空気の流れのスピードは、サージカルマスクを導入したときに統一されなかった。しかしこれは、現実世界で個人がマスクを着用した際にも当てはまると思われる。そして、実はこれが(この研究において)マスク使用による防御のメカニズムだった可能性がある。

つまり、この実験でマスクの仕切りを用いた場合は送風機による風のスピードが弱かったということです。したがって、風によって運ばれるウイルス量の違いが原因だった可能性もあります。


病院でユニバーサルマスクを実施した研究

さらに、Association Between Universal Masking in a Health Care System and SARS-CoV-2 Positivity Among Health Care Workers(医療システム内でのユニバーサルマスクと医療従事者のSARS-CoV-2陽性との関連)という論文がマスクの効果性を示すものとして挙げられていました。
ユニバーサルマスクとは、症状の有無に関わらず全ての人がマスクを着用するという方法を指します。

この研究は、マサチューセッツで最大規模のMass General Brigham(MGB)という病院においてユニバーサルマスクを導入したというものです。マスクはサージカルマスクが使用されました。

実施期間としては
2020年3月1日~3月24日:ユニバーサルマスク介入前期間
2020年3月25日:医療従事者のユニバーサルマスク開始
2020年4月6日:患者のユニバーサルマスク開始
2020年4月11日~4月29日:ユニバーサルマスク介入期間
となっています。

結果として、ユニバーサルマスク介入前期間においては陽性率が21.32%まで増加していたのに対し、ユニバーサルマスク介入期間においては陽性率が14.65%から11.46%に低下した、と報告されています。

まず前提として、この研究は比較対象がないので因果関係は示すことができず、相関関係しか示せません。つまり、他の要因が関係したことを否定できないということです。

例えば、Massachusetts Department of Public Health COVID-19 dashboard—April 30, 2020(マサチューセッツ公衆衛生部門COVID-19ダッシュボード-2020年4月30日)によると、2020年4月11日~4月29日のマサチューセッツにおいて陽性率は29%(2020年4月11日)から18%(2020年4月29日)にまで下がっています(p.4)。

そのため、陽性率の低下はユニバーサルマスクの効果ではなく、マサチューセッツ全体としての傾向である可能性があります。

つまり、同期間においてマサチューセッツで陽性率が11%下がっているのだから、その中の病院でも陽性率が10%ほど下がるだろう、ということです。

他にもマサチューセッツ州では

2020年3月10日:緊急事態宣言
2020年3月16日:学校閉鎖
2020年3月17日:公共交通機関の減少
2020年3月24日:労働者への自粛要請

MGBでは

2020年3月12日:訪問者の制限
2020年3月14日:待機手術の制限
2020年3月16日:出張の制限と施設内での労働の制限

などの措置が行われているため、ユニバーサルマスク以外で要因となりえるものが多々あります。

したがって、ユニバーサルマスクとMGBでの医療従事者の陽性率は相関関係にあったが、因果関係とは言えないと考えられます。

しかし、論文内で" Randomized trials of universal masking of HCWs during a pandemic are likely not feasible"と述べられていたように、パンデミック状態においてランダム化比較試験で因果関係を証明するのは難しいということも事実です。


マスクをした美容師が139名の客に感染させなかった事例

最後に、Absence of Apparent Transmission of SARS-CoV-2 from Two Stylists After Exposure at a Hair Salon with a Universal Face Covering Policy — Springfield, Missouri, May 2020(ユニバーサルマスクをポリシーとする美容院で2人のスタイリストからのSARS-CoV-2の明白な感染が見られなかったこと—ミズーリ州のスプリングフィールド、2020年5月)という報告が取り上げられていました。

このレポートは、軽い症状が出ている美容師2人と濃厚接触した顧客139人を調査したものです。

まず、以下の言説は誤りです。

この2人の美容師に濃厚接触したと考えられる139人の客は、それぞれ15分以上この美容師と濃厚暴露していたと考えられましたが、なんと誰も新型コロナには感染していませんでした。
出典:Yahoo!ニュース「新型コロナ マスク着用による感染予防の最新エビデンス」

正しくは

Overall, 67 (48.2%) clients volunteered to be tested, and 72 (51.8%) refused; all 67 nasopharyngeal swab specimens tested negative for SARS-CoV-2 by PCR.
出典:CDC "Absence of Apparent Transmission of SARS-CoV-2 from Two Stylists After Exposure at a Hair Salon with a Universal Face Covering Policy — Springfield, Missouri, May 2020"

筆者和訳:全体として、67人(48.2%)の顧客が自主的にテストを受け、72(51.8%)が拒否しました。67人全ての鼻咽腔ぬぐい液をPCRによってテストした結果、SARS-CoV-2について陰性であった。

よって、「139人全員が新型コロナに感染していなかった」ではなく、「139人のうち自主的にテストを受けた67人は陰性であった」が正しい結論です。

また、104人にテレフォンインタビューを行ったそうですが、87名(83.7%)に症状が出ず、7名(6.7%)に呼吸器症状が出た(陽性との報告は受けていない)そうです。残りの10名の内訳は「知らない」と答えたのが1名、無回答が9名でした。

67人が陰性であった他の要因としては、顧客がPCRテストを受けるのが早すぎて偽陰性が起こった可能性、カット中に対面になる場面が少ないためそもそもの感染リスクが低かった可能性などがこの論文内でも示唆されています。


まとめ

このように、マスク着用の感染予防の最新エビデンスとして挙げられたものは、他の因果関係の可能性を払拭できていないものばかりです。
そして、これらの中にはエビデンスレベルが高いとされるメタアナリシスやランダム化比較試験、前向きコホート研究は一切ありませんでした。

では、仮に新型コロナウイルスの主要な感染経路が飛沫感染であり、無症状者から飛沫感染するならば、2020年10月7日から屋外でのマスクを義務化したイタリアで、なぜその直後に爆発的に陽性者数が増加しているのでしょうか

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出典:Our World in Data


2020年7月から8月にかけてマスク着用義務化を実施したフランスで、なぜその直後に陽性者数が急増しているのでしょうか。

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出典:Our World in Data

マスクの感染予防効果が高いのならば、こんなことにはならないはずです。


最後まで読んでくださりありがとうございました。

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