SynthesizerV表現調整テクニック講座 音素編 #04 母音

こんにちは。SynthV音屋の十竜です。
この講座はなんぞや、という方はまずは導入編を読むことをおすすめします。
SynthesizerV表現調整テクニック講座 導入編
※音素編は基本的に日本語特化です。


#04 母音

母音は口の形状や舌の位置で区別される音です。主音素のみで構成されるノートではノートの置かれた時間中に発音され続ける持続音です。それ故に母音は歌唱における発音時間の大部分を占める音となります。

また、英語、標準中国語などの音素一覧や母音四辺形を見ても分かる通り、日本語の5音以外にも多くの母音が存在します。それらを日本語の母音を代用したり、各ノート間の変化における経過音素として使用することでより複雑で細かな表現を可能とします。

そういった使い方を考える前に、まずは母音の特徴を知る必要があります。

母音の強さ(音量)

単に日本語の母音が5種類あるといっても、異なる点は口の形状や舌の位置だけではありません。これまでの説明は単に発音方法のみを説明したもので、それによって発生する副次的な変化には触れていません。
それらの変化の中から、まずは強さについて見ていきます。

まず、「あいうえお」 の中で最も強い発音が想定されるのはどれでしょうか? この問にはおそらく多くの人が「あ」と答えるかと思います。

一般に口を大きく開けば声は大きく、小さく開けば声は小さくなります。当然母音を発声する際の口の形状にもこれは当てはまります。
これを母音四辺形で考えてみます。縦軸が口の開き具合です。/ a / が最も下、つまり一番開く母音であり、次に / e, o / が上から二段目、/ i, ɯ / が最上段で最も口の開き方が小さい発音となっています。

画像01 aiueoの口の大きさ

このことから、発音の強さとしては / a / > / e, o / > / i, ɯ / 、SynthVの音素では || a || > || e, o || > || i, u || となるはずです。これを実際にSynthVで確かめてみましょう。

画像02 SynthVで母音の強さを確かめる

波形の大きさから比較して大体予想通りの結果が見て取れます。|| a || が最も大きく、|| e, o || がそれより少し小さく、|| i, u || が最も弱くなっています。音程も含めた場合、C4あたりだとあまり変化は見られないものの画像のA4で大きく音量差が生まれ、ファルセットへ変化するあたりで一度平坦になるもののさらに高くすると再び母音ごとに音量差が出てきます。

じゃあみんなこうなのかといえばそうでもありません。音源によって最も強くなる母音は変わることがあります。また、波形では大きくても聴覚的には逆転している場合もあります。全体として前述のような傾向はありますが、最終的には音源ごとの癖を見極める必要があります。

画像03 予想に当てはまらない例

パラメータによる変化

母音は主音素のノートのある時間中に発音され続ける持続音であり、歌唱における発音時間の大部分を占めると解説しました。これはピッチやテンションにおける時間経過における変化を長時間受けることになります。

例えばピッチであれば、子音にもピッチ変化が存在するもののそもそも影響がなかったり、あまり有意に変化しないこともあります。しかし母音においてはしゃくりやフォール、ビブラート等のピッチ変化の影響を強く受けます。

では母音に影響するパラメータはどれかですが、ビブラートに対してのパラメータであるビブラートエンベロープ以外の全てのパラメータが影響を与えます。

といってもこれだけだと説明にならないので、音量を直接変化させる「ラウドネス」と声質を変化させる「ジェンダー」を除いたパラメータがどの様な変化を与えるのかに触れていきます。

ピッチベンド

母音は持続する音のため、ピッチの変化は当然影響を受けます。先程も触れたようなしゃくりやフォール、ビブラート等は自動ピッチ調整でも基本的に母音がとる範囲に発生します。
それに加えピッチの変化は強さの変化にも繋がります。ノートの高さや、ピッチベンドのオートメーションの変化に関わらず、低い音は弱く、高い音は強くなります。

テンション

テンションをゆったりに振れば声は弱く、張り詰めるに振れば声は強くなります。特に顕著な変化を見せるのは0以上、つまり張り詰めるに振ったときで、ゆったりの方にあったものを0以上にした途端に波形が大きくなったり、張り詰めるに大きく振ると波形が極端に大きく声も変わっていくという変化が見て取れます。

ブレス

息の量が変われば当然母音の音も変化します。こちらも+側のささやきに振った場合に変化が顕著に現れます。極端に振った場合、息成分が多くなりそれによる音量の増大がみられます。

有声/無声音

母音は通常有声音として発音されるため、無声音に振れば変化が発生します。無声化した場合、声は弱く、細くなります。

トーンシフト

直接ピッチの変化を伴わないとはいえ、ピッチに関わるパラメータのため、母音に対して変化を及ぼします。低い音から変化させた場合、低くすれば落ち着いた低い声に、高くすればエッジの効いたような声になります。音量の変化はピッチベンドと似た変化を見せます。

ラップイントネーション

ラップイントネーションはピッチの変化を伴う表現のため、母音に対して影響を及ぼします。こちらもピッチベンドと同様の変化が現れます。

母音の代用

冒頭でも述べた通り、日本語には「あいうえお」の5つの母音が存在します。これらは一般に / aiɯeo / の発音に割り当たることもご存知のとおりです。しかし、他言語ではこれ以外の母音も多大に存在します。たとえ日本語の歌詞であってもこれらの音素を活用できれば表現の幅が広がります。ここで考えたいのは、日本語の母音を別言語の母音で代用することです。そして、代用するために知っておきたいのは母音の曖昧さと範囲の絞り方です。

ここで言う母音の曖昧さというのは、人が認識する母音の音は結構いい加減であるということです。例えば英語には / a, æ / の発音がそれぞれ存在しますが、日本語では両方とも「あ」の母音として認識されることが多いです。
そもそも母音が口の開き方や舌の位置という固定化できないパラメータで識別されているため、普通に会話するだけでも多くの曖昧な母音が発声されています。しかしそのような状態であっても、人はしっかりと言葉を認識できます。
母音の代用においては、この性質を利用します。

次に範囲の絞り方ですが、これは代用するための母音をどう探すかの考え方です。ここで一つの指標となるのは母音四辺形です。
例えば / a / の代用の母音を探すとき、この周囲にある母音をみます。(SynthVに該当の音素が存在するかは一旦無視して)/ a / は母音四辺形では左下にあるので、この周囲にある母音の / æ, ä, ɐ /、それぞれの円唇母音である / ɶ, ɞ̞ / が候補に上がります。これらから、そのノートの想定される口の形に合わせて、母音を当てはめて試します。
このように母音四辺形を利用することで、代用の母音を素早く見つけられるかもしれません。

経過音素としての母音

先程は母音四辺形で代用の母音を探しましたが、今度は別の使い方をしてみます。それが経過音素を見つけることになります。

経過音素とはこの講座で独自に定義している単語で、口の形、開き方の変化に応じて付加する音素を表します。この変化に用いる要素はちょうど母音四辺形の縦軸と横軸にあたるものです。ということは、これらの音は母音四辺形から見つけ出せるかもしれません。

母音とは曖昧なものであると先程も述べました。それ故に母音四辺形から代用の候補を探すことができたわけですが、見方を変えると母音は全て地続きであるとも言えます。経過音素はその地続きの部分をエディタ上で再現することを目的とした音素です。

最初は感覚として理解するため簡単な例から考えます。「あ」から「い」へ発音が変化するとき、何の音を経由するでしょうか?
まずは母音四辺形から「あ」「い」を探します。それぞれ左下と左上に存在します。そしてその間にある音素に何があるかを見ると「え」が存在します。このことから、「あ」「い」の間には「え」が経過音素となる可能性があります。

このように母音間の動きを図式化することで経過する音素を見つけ出し、ノートにその音素を挟むことでより自然な発音を作り出すことが可能になります。

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