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優しい人

わたしが就活その他諸々で絶望していた時に出会った優しい人の話。

それは6月の終わりで、わたしはこの会社なら入りたい、ずっと飽きずに楽しく仕事ができると思う、第一志望の会社の最終面接に落ちた。

一次、二次と私服オーケーで、自分を保てるジャケットを着て、あまり上手くは話せなかったけど笑顔と気持ちでなんとかのりきった。面接官は総じて優しく、学生を尊重してくれるような気遣いのある人ばかりだった。

最終面接、初めての対面で本社へ赴く。そもそも第一志望の最終面接が初めての最終面接な時点でわたしが悪い。大学で面接練習はやってもらっていたけど、やっぱり違う。大学のキャリアカウンセラーさんは厳しいことを言うときもあるけど、基本的には学生に自信をつけることを大事にしているように思う。だから最終面接前に練習したときも、そのままでいけば大丈夫と言ってくれた。その言葉に甘えていたわけではないけど、二次から最終までの期間が空いて色々詰めきれなかった自分を反省している。

初めて入る本社、エレベーターの使い方が難しい。控え室でもずっと緊張している。入室の流れとか練習してきたのに、カバンは部屋はいったらカゴがあるのでその中に~などと言われてテンパる。予定の時間より少し早く呼ばれてまたテンパる。

入室するとドアを空けて、かご、かご、と考えながら入ろうとする瞬間にこんにちは~~と挨拶されてテンパる。こっちの頭の中の手順が崩れておどおどする。

ひろめの部屋に三人、お偉いさんの男性が距離を空けて座る。遠い。3人から視線を集めることにびくびくしながら、やっぱりスーツを着て権力ある地位にいる男性がこわくて体がこわばる。スーツを着ると自分も固くなる。緊張をほぐそうとしてくれるが、効果がない。そもそも男性が苦手な人間が、大半が男性の管理職陣の前で緊張しないはずがない。ずっとこわい時間だった。

笑顔とかそんな余裕がなくて完全に自分のペースをなくして、用意してきたこともうまく話せず重い気持ちで帰ることになる。結果はわかっていたけどやっぱり苦しいと思った。でもしかたない、自分でもだめだったとよくわかっている。


実はこの半月前くらい、バイト先でセクハラ紛いのことがあり心底色々なことがだめになっていた。どこに行っても世界は同じだと思った。仕事を真面目にして人との関係を良好に保ちたいだけなのになんでこうなるんだろう。全部全部やめて、逃げてしまいたいと思った。これ以上エスカレートする前にやめようと思った。最後なんとか出勤するとき、重たい足で店へ歩いていると通りすがりの60代くらいの男性に「どけよバーカ」と言われる。もう無理もう無理、なんで今日なのと思いながらなんとか出勤して、会いたくない人がなぜか早めに出勤してきたのでギブだと思い、体調不良と言って早退する。

店長に体調不良と適当な嘘をついて退職する。もう絶対に会いたくない。記憶が全部消えてくれたらいいのに、気持ちの悪い胸糞悪い記憶は色濃く刻まれる。


そんなことが重なって、最終面接もだめだったとき、全部がおしまいの気持ちになった。ただもうバイトもなくして、他のバイトをする気力すらできなかった。また同じだと思った。でも生活がやばいところまできているので単発の派遣バイトに向かう。動物園の駐車場のバイトだった。

朝着くと、警備の服を着てシャキッとした女性(Aさん)がむかえてくれる。初めて対面したのになんでかすごく安心した。

仕事はバスの乗り降りの管理で、決まったスパンで出発するバスに並ぶお客さんたちを人数数えて区切ったり、ベビーカーの人とかの手伝いや消毒など。

Aさんが一緒について丁寧にチャキチャキと教えてくれる。バスを見送ったら一礼して次のバスを待つ。色々と話してくれて、大学生と言ったら何を勉強しているの?と聞いてくれる。ここまでは他の人もよくある。いやあんまりないかもしれない。でも自分の研究テーマとか興味のある環境問題のことを話したらすごく興味を持ってくれた、驚いたというか嬉しかった。大体自分の勉強してることとかって話してもへぇ~で終わる。それが悪い訳じゃなくて当然だとも思っている。同じ大学の先輩とかでもわかんねえ~~とか言われたりする。さすがにそれは少し寂しかったけど。でもAさんは、そういうことを考える人がもっと増えたらいいのにね、そういう人がいるだけで優しい気持ちになるねと言う。それでわたしも自然がすきだと言い、花とか自然の話をたくさんしてくれる。この動物園にもヤマユリが咲いて綺麗なんだとか、色んな素敵な話をくれる。その人の言葉は全部純粋で透き通っていたと思う。こんなわたしの話を面白がって聞いてくれて本当にあたたかい気持ちになった。

それで、何度か一緒にバスの見送りをして、事務所に呼ばれて一度Aさんが離れる。ちゃんと無線もつけてくれた。

暑い日だった。1人でなんとかお客さんに声をかけながらやっていく。途中でお客さんに声をかけながら、視界がぼやけてふらついてくる。でも車の駐車場から降りてバス停に並ぶ人に、ここまで乗れますよ~~とか、ちゃんと次は何時何分出発とか言わなければならない。お客さんに話しながら頭が白くなって、でもここで倒れるわけにはいかなくて、話し終えて少しはなれたところまで行って、座り込む。無線も迷ってやっぱりかけられない。全身から汗がどっとでて息があがる。また貧血を起こしてしまった。なんでこんな時にという時にばっかり貧血になる。一人のお客さんがペットボトルの水とエネルギー補給のカロリーメイトを持って、声をかけてくれた。たぶん、自分や子どものために用意してたものなんだろう。その人の顔もかすんでみえるけど、大丈夫です、大丈夫です、ありがとうございますと返す。でも立ち上がれない。そうしてたら、Aさんが走って戻ってきて駆け寄って心配してくれる。事務所の映像からみえたらしい。本当に申し訳なさすぎて情けなくて泣きそうになる。

一緒に事務所に戻り、別の男性に仕事をかわってもらって、椅子に座らせられる。飲み物は持っていて水分もとっていたし遠慮するも、いそいそと冷蔵庫からアクエリアスを出してくれる。早めの休憩にして30分休憩室で寝かせてくれる。まだ一時間位しかたっていないのに。本当に申し訳なくて苦しい。

仕事場で貧血を起こすことはよくあった。でも最近全くなかったから油断していた気もする。自分でもよくわからなかった。Aさんがおそらくお昼に食べようと持ってきていた小さな水飴をたくさんくれる。小さくて色んな色で、きれいで懐かしいと思った。おばあちゃんのことを後から思い出して胸がキュッとなった。

一緒に座って、貧血のことを聞いてくれる。生理かどうか、朝ごはん食べたか、普段からよく貧血を起こすのか。それでよく起こすというと、体のことだから、一回ちゃんと病院にいった方がいいと真剣な顔をして言ってくれた。そこまで言われたのは初めてだった。貧血持ちみたいなのは仕方がないというか、たいしてその事に深く考えることがなかった。だからその発想に至ることが自分自身今まで全くなかったということもそうだし、それ以上に、この今の状況をどうこうというだけでなくて、相手の体をちゃんと心配してくれるのってなんなんだろう、本当に心がすーーっと安心で満たされていくようで、忘れていたことをやっと思い出せたような心にはまる瞬間のあたたかさがあった。そんな優しさに触れたのもひさしぶりで、こんな素敵な人がいるんだ、ちゃんとわたしと同じ世界にいるんだ、そう思ったら一人になったとたん泣くしかなかった。

休憩の時間が終わる前に体調もなんとか持ち直せたので、Aさんに声をかけると今日は帰ろうと言ってくれた。びっくりした。びっくりしたけど、一気にほっとする自分がいた。ちゃんと休ませてくれて、それで大丈夫になったあとで帰らせてくれる。また来てねと言ってくれる。かなわない、というかこんな人が本当にいるのかとひたすらに感動していた。この人はどういう風に育てられて、どんな人たちと出会って、かかわって生きてきたんだろう。きっと自分の家族にも同じように優しくて、愛のある人なんだと思った。今日って緊張してた? 緊張してると貧血にもなりやすいのだと言う。それも知らなかった。今日は帰ってゆっくり休んでまた来てねと。それが、面倒だから帰らせる人の言葉ではなくて、本当にこの少しの時間の間でわたしという人間をよくみて気をつかってくれたのだとわかる、そういう言葉の優しさがあった。


帰り道、色んなことが重なってぼろぼろ泣いた。まだ午前中、10時くらいなのにおかしいなと思う。2時間働いて、貧血を起こして帰る。面接に落ちてからそういえば泣けていなかった。悲しいのに悲しい気持ちがどこにいったらいいのか、どうしたらいいのかわからないような感じだった。身体の中に溜まっていた重たいものたちが一気に流れて、心が軽くなるようだった。

ひとのやさしさに触れるって本当にこういうことだと思った。はじめて会った人を、ちゃんとみて、思って、わかろうと寄り添ってくれる。自分がちっぽけで情けないと心から思うと同時に、心の奥の方からあったかいものが全身に伝わっていく感じがする。派遣のバイトなんて大体は初対面でその日限りの関係なのに、最初から最後までずっと人対人として、あたたかいまなざしがあった。このところなんかもう全部ダメと思っていたけど、その人に出会えたことはわたしの一番の運だったし、奇跡的なことだと思った。どこまで行っても世界は同じだとふさいでいたけど、本当はそんなはずじゃない、そうじゃないかもしれないと思ったし、大丈夫だよと言ってあげたい。そして、自分のことや将来のこと、もう色んなことがよくわからなくて、どうやって、どんな大人になったらいいのかもわからないけど、優しい人になりたい、それだけでいいのかもしれないとまで変に納得した。一気にあっけらかんと、気持ちが晴れていった。たった少しのタイミングで出会った人の、透き通ったやさしさに救われた日。


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