魔女の娘

「魔女がイバラを飲んだそうだ。棘が喉を裂くさまは、目も当てられないほどむごたらしかったとか」
「酒場でする話じゃねぇな。せっかくの酒がまずくなる」
「たまには珍しい肴で飲んでもいいだろう。次の酒は俺が奢るさ」
「魔女ってあれだろ? 人の心が読めるという、国ざかいの」
「あぁ。隣国との戦争でこの国に勝利をもたらした」
「そうは言ったって、その後は王様に辺境まで追いやられたじゃないか。俺だって心を見透かす魔女がいては気が休まらない。それで? その魔女がどうしたって?」
「イバラを飲んだんだよ」
「どうしてイバラなんか」
「なんでも娘のためだと」
「娘? あの魔女に娘なんていたか?」
「それがいたんだよ。産んですぐに捨てたようだが、心ある夫婦が拾って育てたんだという」
「魔女の娘だと知っていたのか」
「知っていたら拾わないだろう」
「知らずに育てるなんて気の毒な」
「それがそうでもないらしい」
「なんだ?」
「どうやら娘の父親は高貴なお家柄だという」
「まさか」
「王家ではないにしても、この国には貴族が多い。ほとんどの人間は魔女の顔を見たことがないし、知らないうちに心を奪われていたというのもありえそうな話じゃないか」
「世間知らずの貴族の坊ちゃん」
「そう。父親の家はどこからか娘の存在を知ると、自分たちで育てると言いだした」
「そりゃあそうだろう。何がなんでも消してしまいたい過去だろうさ」
「娘を渡す代わりに金貨700枚だ」
「一生遊んで暮らせるカネだ。もちろん娘を渡したんだろう?」
「消えちまったんだよ。娘もろとも」
「どうして」
「それが分かれば俺だって金貨400枚が手に入る。情報だけで400枚だぞ。懸賞金目当てに魔女の娘を探す阿呆まで国に来ているとか」
「金貨400枚の懸賞金なんて聞いたことないぞ」
「それだけ必死なんだろうさ」
「俺も探そうかな」
「やめとけやめとけ。命がいくつあったって足りやしない」
「そうはいっても娘だろう? 半分は人間の血が入ってる。魔女ほど恐ろしくないさ」
「そうとも恐ろしいのは魔女の方だ」
「魔女は死んだんだろう?」
「死ぬわけないだろう魔女が」
「だってイバラを飲んだと、あんたがそう言ったんじゃないか」
「相手は魔女だぞ。そんな簡単に死ぬもんか」
「そもそもどうしてイバラなんか。そうだ、最初はその話だった」
「ここだけの話、イバラは魔女にとって宿り身を変えるまじないなんだ。棘が裂いた喉から魔女は新しい体を手に入れる。美しい女から炭鉱夫のような男に変わることもできるらしい」
「あんたみたいな薄汚れた男にもか? ははっ、酒の肴としてはもう少しひねった話が俺は好みだ」
「そうか、それは残念」
「まぁ一杯分くらいは楽しめたよ。礼といってはなんだが、俺も話を聞かせてやろう」
「いや、悪いがもう行くよ」
「何も飲んでないだろう?」
「この国にもう手掛かりはない。あんたも街で見かけただけのようだし、早く次の街へ行かないと」
「何の話だ?」
「魔女の娘の話だ」
「まさか懸賞金を狙ってるんじゃないだろうな」
「ほら約束の酒代だ」
「俺を止めたのはライバルが増えるからか? やめとけやめとけ。どうせ見つかりっこない。地道に稼いだ方が楽だぞ」
「金貨400枚なんていらないさ」
「じゃあ何が欲しい」
「あの子が無事ならそれでいい」