闘病生活2017

  こんにちは。ひーです。やっと闘病生活について書きますね。

まず、卵巣嚢腫で絶対安静で入院……してから、秋学期の授業どんどん行けなくなって外にも出られなくなって完全に2017年冬には天井を見てるだけの人になりました。不眠気味の代わりに食べることで凌ぎぽっちゃりしてた私の体重は一気に7kg減りました。筋肉が減ったのです。脂肪よりも。
  彼氏が当時学生で互いの家行き来できる状態だったので、彼がご飯を買ってきて「一緒に食べよう?」って言ってくれてやっと食べることが出来ていました。このように自分からは食べられなくても一度食べれば戻すことはなかったし、味覚がないという経験は一切ありません。生命力強いんだな私…w

  もう初診前にOD癖はついていました。うっかり言っちゃってなかなか合う薬出してくれない…というか弱いのばっかり出されてました。それ!逆効果!!だよ!!って思ってました。もうストゼロ飲んで泣きわめいて手首ずったずたにして母に電話かけては罵声浴びせることやら市販薬何種類も酒で流し込むとか「ダメ絶対」なことをやらかしまくっていました。でもそうしないと意識飛ばせない。過去のことなので開き直ってます。
  当時の私はこうしないと生きていけなかったんです。後悔の念は正直ありません。でも、後々ツケが回ってくるのは覚悟の上ですし、人に推奨はしていません。当然のことですが。やめた方がいいけどそうでもしないと突然自死に向かうかもしれないならば仕方がない。でも程々にね、という気持ちです。
  ちなみに本当の初診はD大学に精神科医がいたのでカウンセラーさん通じて行ってみました。訴えた内容はこんな感じだったと思います。
・食欲がない
・眠れない
・動けない
・趣味にも興味が持てない
・死にたいと思う
あるあるですね。そしたらなんとその医師「鬱でも何でもない。ドグマチールって胃薬なんだけど精神的に効果もあるから飲んでみる?」と発言。
  これで更にボロボロになった私は、カウンセリングでも私が病的なほどつらい思いしてることを認めて貰えなかったらどうしよう…もうこれ以上医師やカウンセラーから否定されるくらいなら……死のう。本格的なカウンセリングは後だったのですが、医者に突き放された私は、まだ向き合ってもないのに認めて貰えないだろうと思い込んでしまいフラフラと屋上に行きました。
  でも私はケータイ(まだガラケーだった)を持って屋上にあがってしまいました。結局死にたくなかったんでしょうね。臆病者なんです。彼氏に連絡飛ばしました。もうこの時点で死ぬ気ないだろ私…。ただしそこまで追い詰められていたのは事実です。彼はタクシーで私の家に来てくれて、オートロックがあるため電話で説得されてとりあえず部屋に戻ってという言葉に従いました。その後彼を部屋に入れて大泣きしました。救われました。

  実は、闘病生活をバッチリ書きたいんですけど、何年のいつくらいに何があったかあやふやなところが多いんですよね。

  でも大きなことはあったので、とりあえず思い出せる限り書きたいと思います。2017年11月に初診でしたから、とりあえずこれくらいにしておきましょう。
  無理に思い出すと書くのやめちゃうので。

  それではまた!

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