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Snow Black

 若い王とその妃は、城の一室から窓の外に降る雪を眺めていた。世界は一面の純白で、家も畑も何もかもが、分厚いそのベールの下に覆い隠されてゆく。
 暖炉が燃える暖かな部屋の中にいても、その光景は王の体をどこか冷たくさせた。次々と課される税で領民の備蓄は乏しい上に、今年の秋の実りは十分ではなかった。冬を越せない民がいったいどのくらい出ることだろう。
 王は、うっとりと雪を見つめる妃にちらと目をやった。彼女の見事な髪は頭上に高く結い上げられていたので、整った横顔があらわになっている。その顔は透き通るほどに白く、美しく、そして冷たかった。まるで窓の外の雪のように。

 王は初めて彼女と会った日のことを思い出した。それは彼が王になるずっと前、今よりもまだ若いころのことだ。王子とはいっても彼は末っ子の三男坊で、王位が巡ってくる機会など到底ありえなかった。だから彼は城を出て、はるか遠くの土地へ長い旅をしたのだ。
 彼女と出会ったのは、彼の故郷ではすでに絶えて久しい、古い魔法が残る国だった。ガラスの棺の中で眠る一人の姫君の姿を見た瞬間、若かった彼は虜になってしまったのだ。雪のように白い、すべらかな肌に。血のように赤い、つややかな唇に。そして豊かにうねる、まるで太陽の光を集めたかのような金の髪に。

 姫を譲り受けたいという彼の言葉に、棺を守っていた小人たちは初めのうち首を縦には振らなかった。けれど彼の意思が固く、決して揺るがないのを悟ったのか、まったく気の進まない様子ではあったけれど、最後にはようやく姫と姫の眠る棺とを譲ってくれたのだった。
 目覚めた姫から聞いた彼女の過去は、信じがたいものだった。美しい姫は、彼女自身の母親に幾度となくその命を狙われていたのだ。

「わたくしがお母様の望むような姿の娘でなかったから、お母様はわたくしのことをお嫌いでいらしたの」

 母がそれほどまでに自分を疎んじ、憎んだ理由について、彼女はそう語っていた。
 肌は雪のように白く、唇は血のように赤く、そして黒檀のように黒い髪を持つ娘が欲しい。子を授かったときに、母である王妃はこう願ったのだという。
 悲しげに睫を落とした姫を抱き寄せ、若かった彼は言った。君の髪は日の光のように美しい、例え母君が君をお嫌いだったとしても、僕は君を一生愛しているよと。

 王の位は既に兄が継いでいたから、彼が異国の姫を連れ帰り娶っても何の問題も起きなかった。だがそのうちに、兄たちとその家族が立て続けに血を吐いて死んだ。奇妙な病で、医者も知らぬというものだったが、何故か彼と姫とは無事だった。彼は王となり、姫は妃になった。即位式は盛大に行われた。
(そう、そして姫の頼みで、彼女の母も式に招かれることとなったのだ)
 王はぼんやりと、過去の記憶に身をゆだねていた。
 姫は母を欺き、その即位式の席上で己の母を殺めたのだ。その最後の様は、今でも王の脳裏から消えることがない。
「わたくしが生きていることを知ったら、お母様はきっとまたわたくしを殺そうとなさるわ。だから、先手を打つのよ」
 計画を聞かされ、仮にも一国の王妃にそんな非道なことをと躊躇した彼に、だったらその国を攻め滅ぼしてしまえばよいのよ、と言って姫は愛らしく笑った。

 そして彼はその通りにした。

 窓の外でいきなり風が激しく鳴った。その音が人の声のようにも聞こえ、王ははっと身をこわばらせる。
 既に日が落ちていたのか、あたりは急速に暗くなっていった。雪はますます激しく降り積もっているようだ。純白のベールの下にいったい何が隠されているのか、もう誰も知ることは出来ない。暖炉の炎が窓に赤く照り映え、そして部屋の中は次第に夜の闇に包まれてゆく。
 白と赤と黒か。思考すらも闇にのまれたかのように、若い王はどこかぼんやりと思う。
 姫の生まれた遠い異国の地。鏡が喋り、小人が暮らし、呪いや古い魔法が今でも息づく土地。姫の母の願いをかなえたものとは、いったい何だったのだろうか。 
 雪の勢いがさらに激しくなった。
「ねえ、あなた」
 その時妃が、軽やかに王に向き直った。妃は鈴を鳴らすような声で言った。
「わたくし、新しい宝石が欲しいの。ダイヤモンドがいいわ、そうそれに、こんな雪ですもの、新しい毛皮のコートもね」
 真っ白の肌と、真っ赤な唇と、そして真っ黒な心をした妃は、王に向かって凍りつくように美しい笑みを浮かべた。

時空モノガタリ 第四十五回コンテスト投稿作品 
【テーマ: 雪 】

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