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小説≪4・ねえ、だれかぼくをあいしてよ・4≫

   次のデートは翌々週の日曜日。「行きたいとこ、ありますか?」返信は早い方がいいって言うけど、ぼくは来たメールをじっくり読まないと返すことができない。嫌われたらどうしようと思ったけどそう返信した。するとわたしも早く返せないの。お互いに気にしないようにしようねと返してくれた。ふう、とため息をついた。行きたいとこと言われても困る。東京に住んでもう4年くらいたつけど、観光地に言ったことなんてほとんどないんだから。逆にどこか行きたいとことかありますか?なにも浮かばなくて質問返しをした。遅い返信よりも質問返しの方がいいに決まってる。「高いとことか無理ですか?」すぐに返信が来た。「大丈夫です」高所恐怖症なのにそう返したのはカッコつけたかったから。でも少しして、やっぱり正直に書こうと思った。高いところが苦手なんです、別のところにしませんか?とそう書いて送ろうと、高い、まで打ち込んだところでメールが返ってきた。「よかった。わたし、高いとこが大好きなんです」

  日曜日だけあって人はやたらと多かった。いや、そんなことより高い場所。東京タワーの下で待ち合わせをした。待ち合わせ時間を3分遅れて彼女は現れた、小走りをして。「ごめんなさい」肩で息をしている彼女は額に汗をかいていた。ぼくのためになんか走らなくていいのに。きてくれるだけで嬉しいのに。「駅、出る場所を間違えちゃって」「あの、ぼくも、あの、いま来たばっかりだから」ちょっと見たらぼくが汗ひとつかいてないことなんかすぐに分かるのに、すぐにばれる嘘をとっさについた。本当は20分も前から待っていた。もっと言うと昨夜は緊張でほとんど寝ていない。「よかったあ」彼女は笑顔を向けた。そうっと、彼女の背のタワーを見上げた。街中を見下ろすのを想像するだけで足がすくむ。ごくんとつばを飲み込んだ。怖いな。のぼってもいないのにもう怖くなってきた。誰か・・。彼女が手を握ってくれないだろうか。でも何て言えばいいんだろう?≪迷子になると困るから手をつないでもいいですか?≫大人が迷子になるわけないでしょ、って言われるかもしれない。メールの返信は二度とないな。≪恋人つなぎってどうするんでしたっけ?≫なにいってるの、恋人じゃないでしょ。こっちのパターンも返事は二度と来ない。ブロックされるかも。「あの、あの、あ、手、あの」どんなに考えても言葉が出てこない。でもどうしても手は握りたい。とりあえず口を開けば何か言葉が出るだろう。それに期待したけれど、やっぱり何も出てこなかった。どうしようどうしよう。変な人って思われる。彼女はもじもじしているぼくを見て悟ってくれたらしい。「手をつないでもいい?」笑顔とともにそう言ってくれた。彼女のアシストのおかげで手を握ることができたものの、時間がたつごとに緊張で手汗が出てきた。あんなこと言わなきゃよかった。どうしよう。どうしたら汗がとまるだろう。スマホで調べておけばよかった。「わたし緊張しちゃって。ごめんなさい、手がベタベタよね」彼女はそうやさしく言ってくれた。緊張で手汗がでて、手がべたべたになったのはぼくなのに。何かのきっかけで手を離したらそれきりだろうなと覚悟をした。彼女のスマホに電話がかかってきたとき、この幸せな時間は終わりだなと思った。なのに、ぼくから離れ電話をして戻ってきたときには、彼女は当たり前のように手を握った。そして彼女は帰りまで手を離さなかった。ぼくとずっと手を握っていたいのかな、一瞬だけそううぬぼれた。そんなはずがないと思い直した。女性がぼくなんかと手をつなぎたいはずがない。  これっきりにしたくない。彼女ともっとどこかに一緒にいたい。彼女に好きになってほしい。彼女と付き合いたい。ぼくが車道側を歩くとか、笑顔でいるとか、普段はできない声のトーンを高くするとか、スマホで調べた女性に好かれるためのテクニックをぜんぶ駆使した。大失態は手汗だ。手の汗腺を粘土かなんかで埋めとけばよかった。帰りにどこかで粘土を買おう。同じ失敗はしたくない。

   その帰りに告白をした。なんて書くと簡単にできたように思えるけど、女性と一緒に歩くだけで緊張する人間が簡単にできるわけがない。ぼくが口のうまい人間なら、付き合おうよとさらっと言えるだろう。ぼくがそれのできる人間なら友だちだってできているだろうし、とっくの昔に彼女だっているだろう。一世一代の大勝負。清水の舞台から飛び降りるっていうけれど、ぼくにとっては富士山の頂上から命綱なしで飛び降りるようなもの。

   歩きながらどうやって告白しようと考えていた。まどろっこしい言い方をしたら伝わらないからストレートに言うのがいい、とスマホで見つけた記事にそう書いてあった。おしゃべりを続ける彼女に、あのうと言い足をとめた。止まった彼女はきょとんとしていた。息を吸いこんだ。「あのっ。あわわ、あな、好きで、あの、付き合って、あの、くなさい」声は震えていたし、一番いいとこをかんでしまった。とっさに頭に血がのぼり体中が暑くなった。そんな変な告白になってしまった。記念受験っていうことばがあるんだから、記念告白したっていい。そうだ、それでいい。そう思おうそう思おう。記念告白記念告白。

   彼女を駅まで送ったことは覚えてる。自宅までどうやって帰ったのかわからない。アパートの玄関のドアを開けたとき、からだじゅうの力が抜けた。空気の抜けたソフトビニール人形やエアダンサーのように、ぺちゃんこになって玄関先に横たわった。はあああ。だめだ。完全にふられた。手汗で不愉快な思いをさせて、告白をかむような人間が好かれるはずがない。あのとき変な間があり、彼女は返事を少し待って欲しいと言った。あれは何の間なんだろう?ふとんにくるまり頭を抱えた。告白なんてしなきゃよかった。告白したかっただけです返事はいりませんとか、忘れてくださいって逃げればよかった。そしたらせめて知り合いのままでいられる。笑顔でも無表情でもなかった。少し困った顔をしていた。ぼくなんかが告白したからだ。もう会ってくれないし、ラインはブロックされるだろう。ほんの少しでもぼくを好きならばあんな顔をしないだろうし、もしかするとあの場で返事をくれたかもしれない。はああ。初めて告白したのに。告白のやりかたをもう少しきちんと調べたらよかった。ちがう。告白のやりかたじゃない。ぼくだからうまくいかなかったんだ。彼女と付き合いたかったな。愛真やお義母さんに会わせたり、旅行に行ったり、そういう関係になりたかったな。けんかして、ごめんなさいが言えなくて、口をきかない間に彼女がやっぱり好きで必要な相手だと分かって彼女を抱きしめたかったな。サプライズでプロポーズして、彼女がわんわん泣いて、抱きしめて泣きやんで、実はそのときにはおなかに子どもがいて、とか妄想したのにな。はああ。彼女のことは忘れよう。彼女と出会うほんの3週間前まで戻るだけ。1人きりの生活に戻るだけ。それだけ。それだけだ。でも、


    ねえ、だれかぼくをあいしてよ。


✴️読んでいただいてありがとうございます。告白と返事を保留されたときの苦しみを書きました。やっぱり恋愛小説を書くのは楽しい。どんどん苦しんでへこんで大人になってくれよ、優由くん。我が名前から1文字あげたんだから。