男だって泣いていいでしょ?
分かってる。自分が泣き虫だってこと。でもどうしたって変えられない。だって子どものころから。今日も泣きながらスプリングバレーをのどにながす。
全然知らない人の結婚式のユーチューブを見て泣いている、知らない子どもが転んで、涙をこらえながら立ち上がろうとするのを見て泣いている、抱っこを求めた姪っ子が母親に拒まれて、目に涙をたくさんためているのを見て泣いている、晴れた日に長靴を履きたいと父親に言っている甥っ子がダメだと言われてぐずっているのを見て泣いている。オレが飲んだ水やお茶やジュースは汗や尿ではなく、なみだに全部変わっているにちがいない。
夏のある日、あずきバーを求めてキッチンに行った。電気をつけるとなにかゴソゴソと音がした。オレの目は、小さくて黒光りする物体をとらえた。床にいたそれは羽を広げてオレの肩に飛んできた。ぎゃあああ。気持ち悪さと怖さに涙がぼろぼろ出てきた。それは瞬時に冷蔵庫の下に消えた。口を押さえるよりも先に叫び声が出た。隣にあるリビングから、母親はのんびりと歩いてきた。『虫ひとつ殺せないなんて情けない。こんなことで泣くんじゃない』丸めた新聞紙とスプレーを手に、オレが指さした冷蔵庫の前に立った。『ち、ちが、ちがうっ。あのあの、殺生はだめ、だめだし』そんな言い訳なんか、とうのむかしに見破られている。その下に何回もスプレーをし、這い出てきたそれをバシッと叩いた母親は、くるっとふりむいた。『彼女の家で出たらどうするの?振られるわよ。彼女の前でもそうやって泣くの?』そしてティッシュでくるんでゴミ箱にすてた。何事もなかったようにリビングに消えた。冷凍庫から勝手に出したオレのあずきバーを2本手にして。
スマホの電話帳を見る。5年前に別れた彼女の連絡先が登録してある。いまだに。互いに悪口を言いあい大喧嘩して別れた。テレビのリモコンの置き場所を決めたのに、そこにどうして置かないのと彼女は言った。自分だってそこに置かないことがあるだろうと言い返したーことをいまでも覚えてる。それをきっかけにあの時だってとか、2ヶ月前だってとか言い合った。彼女の電話番号を見ているだけで涙がでてくる。あのときにあんなこと言わなくていいのに、あんな言い方はなかったのに、もう少し優しく言ってくれたらよかったのに。色んなことを思い出して、色んなものを見て泣いてるなんて誰にも言えない。電気を消した部屋の隅で三角座りをする。お昼に食べた吉牛の店員さん、もう少し優しくしてくれてもいいんじゃないの?思い出して、泣きながらビールをあおった。
✴️読んでいただいてありがとうございます。強くてパワフルでガンガン行くぜ!!って女の子がダイスキです。なので、こういう女々しい男が大キライです。エス気質だからかな。泣いてたら、たあけえ!うるさい!黙れ!やかましい!泣きやめ!と怒鳴るような人間です。こういうときに、どうしたの?大丈夫?何があったの?って心配そうに声をかける人がモテるってこと知ってんけど。
❇️バレンタインに父にあげたビールです。そうです、ファザコンです。自身はバッカスやラミーで酔うような安上がり人間です。お酒が飲めず煙草も吸えず趣味もない。つまんない人っすわ。