終末世界ルポルタージュ

201X年の大晦日。いつ如何なる時でも早寝早起きを徹底する、それを信条の一つとしているからには我謝舞子は九時には就寝したかった。夕飯に年越し蕎麦を食べ、特別番組には目もくれぬ。どんな異常事態が発生したとしても必ず九時には就寝したい。普段通りであることに対して普段以上に意気込んでいた。
その全ては初日の出のためである。
初日の出、それは一年の始まりを指し示す神の御告げである。あの光こそ我々矮小な人間を導いてくださるのだ、と。世間一般にとってどうであるかはさておき、少なくとも我謝舞子はそう信じ、信仰していた。
我謝舞子は凡そ三ヶ月前からの努力の甲斐あり見事九時きっかりに就寝した。
そして。
201X年の元日。
目が覚めたら辺り一面血の海と化していた。

家屋は倒壊し、その割に火災などは発生していない。
ふと、空を見上げれば日が出ておらぬ。
然りとて、月も出ておらぬ。
異常事態である。

我謝舞子は震えた。しかしそれは未曾有の危機への恐怖からではない。
純然たる怒り。混じり気のないただそれだけの感情がその身を包み込む。
我謝舞子にとって初日の出とは、神と同様最も敬意を示すべき現象である。それを害した何かがいるのなら徹底的に制裁を加えねばなるまい。この世に生まれ落ちて十九年、史上最高に熱き想いであった。
やがて想いは力となる。
いつの間にか我謝舞子を包み込んでいた蒸気が晴れる。
その堂々とした佇まいは富士の如し。その威厳ある噴射装置は鷹の如し。その風流な塗装は茄子の如し。
この終末世界に正しき光を取り戻す為の力。身を覆う鎧の名を、初夢という。
やがて我謝舞子は歩き出した。そしてまだ知る由もない宿命に導かれるままあてのない闘いの日々に身を投じていく━━。

隣家の倉下優━━俺だ━━がその様子を見て、
「一富士二鷹三茄子、格ゲーの弱攻撃にありそうだなあ」
などと、新年早々そんな現実逃避をする羽目になったとは知らずに。

【続く】


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