宇宙のはじまり
『宇宙で唯一無二の自分を生きるために』
宗教的な観点ではなく、ごく自然な流れで考えてみます。
これは私個人の考える仮説です。
いろいろな情報や、インスピレーションを私なりに考察してみました。
この宇宙、全ての根源を創り出した存在、起点、基点の話しです。
宇宙に存在する全ての物質、存在、思考に至るまで、砂の一粒一粒の違いまでをもを産みだす仕組みを創造した存在の事。
それは地球だけの常識ではなく、人には想像もつかないような仕組みのことでもあります。
例えば石がゆっくり思考しているとか、それがゆっくりし過ぎて気づかない可能性は否定できません。
宇宙の始まりは、この宇宙全ての情報を生み出す存在が始めにあり、それは何らかの意志を持つ存在であるはずです。その存在を想像主とします。
想像主が私は何故存在しているのかを知りたいと思い、それを知るために必要なさまざまな情報や物質、空間を、つまり宇宙を創り出しました。
ですから、この宇宙にある全ての砂一粒一粒や、未だ表現できていない思考、物質、人の考え方までも、その存在が作り出した壮大な実験の中に現在があり、その実験の結果はまだ出ていないのだと考えます。
想像主=神というと、偶像的なものを思い浮かべたり日本では八百万の神ともいわれますが、その神から産まれた人間もその一部です。私もあなたも創造主から生まれた存在であり、いわゆる偶像の神を通して何かの啓示をよく知らない誰かを通して得る必要もなく、直接自分の根源に思いを巡らせていければ神と言われる存在の一部だと考えることができます。
ということは、私が見て感じた体験は、その存在も同時に体験していることに他なりません。
私たちは人という体をもって人生を経験する役目にあって、それは全て何かの目的をもって活動する物質も同じことです。その体験を想像主が同時に感じ、何故存在しているのかを知りたくて、いろいろな形で実験しているのです。
人は、肉体という物質に魂が入って動いていますが、その肉体の設計図がDNAに備わっているということですから、設計図のイメージが先にあるわけで、物質化していない思考だけがどこかに存在していることが考えられます。
それは物質としての体を持たない、思考、イメージだけの存在があることを意味し、自分のイメージしたものが物質的に現実化するということでもあります。
想像主は悪までも作り出して何を知りたいと思っているのでしょうか?
正義の概念は悪の概念がないと成り立ちませんし、火は植物を燃やしてしまいますが水で消すことができます。熱い太陽も適正な距離だと地球に循環をおこして地上に雨が降り、植物は成長することができます。
そのことにどのような意味があるのでしょうか?
もしかして知能を持った人類に、どういうことなのかを一緒に考えてもらいたいと素材や生物などを創り出したのかもしれません。
人の立場として私は考えます。
痛みを考じる感情を与えられた人として、争いがなく平和でいたいのだと。最終的にはそのように想像主も考えているのだと願います。
しかし平和という概念は、相対的にしか説明することが難しいので、いまだに実験中なのだと考えます。
想像主の考える純粋な宇宙はどのような形をしているのでしょうか?
それを想像主が知りたくて、この宇宙の誰かに見つけてもらいたいと思っているのかもしれませんが、純粋に全てを知りたいのだとしたら、善も悪も優劣が無く、ただ無常に想像主の興味が優っているのかもしれません。
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