見出し画像

プユマ号事件の闇

2018年10月、台北から花蓮・台東に向けて走る高速列車プユマ号が脱線して、車両が大破するという時間が起こりました。僕はその時ちょうど宜蘭にいて、宜蘭から台北に戻る際にこのニュースを聞きました。幸にして、事故の発生現場は宜蘭から花蓮に南下した場所で起こっていたので、台北に北上する路線は列車が動いており、僕は事故当日無事に台北に帰ることができました。

そんな、とても身近に起こった出来事でしたので、この事件のニュースはとても関心を持ってメディアの報道を読んでいました。


日本での報道

この事故の原因は一般的には下記の様なものが挙げられています。

  1. カーブする箇所に乗り入れる際に十分なブレーキがかけられていなかったこと。ブレーキの故障とも言われています。

  2. 速度を調整するATP装置が運転時に切られており、それが運行時の常態と化していたこと。

  3. この列車が運行を始める際から、機械的なトラブルが報告されて、運行のコントロールセンターにそれが告げられていましたが、それを押して運転を続ける様にと指示が出されており、そのためタイムスケジュールに間に合う様、かなり無理な運転を強いられていたとも言われています。

台湾での報道

台湾でのこの事故の最終的な責任は、運転手の尤振仲が負うことになった様です。下記にWikipedia の概要の説明を翻訳してみます。

「2019年6月臺灣宜蘭地方檢察署以「過失致死罪」起訴臺灣鐵路管理局列車駕駛員尤振仲、時任臺灣鐵路管理局機務處副處長柳燦煌、時任臺灣鐵路管理局運務處綜合調度所所長吳榮欽共三人,2019年10月臺灣宜蘭地方法院開庭,2021年10月18日一審宣判,司機員尤振仲被判監4年6個月,負責驗收列車自動保護系統的前台鐵機務處副處長柳燦煌、前台鐵綜合調度所所長吳榮欽則被判無罪。尤振仲、地檢署均不服一審判決,提起上訴,二審仍維持原判。尤振仲未再上訴,高檢署則就尤提起上訴。2023年3月,最高法院認為論罪量刑無不當,駁回檢方上訴,全案定讞。」

「2019年6月、台湾の宜蘭地方裁判所は、台灣鐵路管理局の車両運転士尤振仲、当時の台灣鐵路管理局機務處處長劉燦煌と台灣鐵路管理局運務處綜合調務所所長吳榮欽の3人を「過失致死罪」で起訴した。2019年10月台湾宜蘭地方裁判所は開廷し、10月18日一審判決が下された。運転士尤振仲は4年6ヶ月の実刑判決、ATPシステムの管理をしていた柳燦煌、吳榮欽は無罪であった。尤振仲と地方検察署はこれを不服とし上告したが、第二審では第一審判決のままとなった。尤振仲は上告しなかったが、高等検察署は上告を行った。2023年3月、最高裁判所は第二審の量刑を適当とし上告を棄却、判決は決定した。」

公にはこの様な結果になっている様です。罪を負うのは運転士個人。もちろんこれは中華民国の裁判所の判断なので、一外国人がとやかくいう問題ではありませんが、日本で同様の事故が起こった場合の事故捜査の様子と、世論の動向、マスコミの報道がどうなるかと考えると、運転手個人の問題としては済まされない様に思います。

福知山線の脱線事故との比較

例えば、よく似たケースでプユマ号事件よりも多くの犠牲者を出した福知山線の脱線事故で、事故原因がどの様に分析され責任がどの様に取られているかを参考に比較してみます。

【原因】

  1. 運転士のブレーキ操作ミス

  2. 国鉄と私鉄間の競争

  3. 運転士に対する教育

  4. 過密な運行ダイヤ

  5. 安全設備機器の問題

これらの原因を分析して、JR西日本の会社に対して業務の改善を促すという風に、事態は進んでいます。この事故の場合、運転士は現場で即死しており彼個人の責任については裁判は行われていませんが、彼個人の責任は多くの直接・間接的問題の一部分として捉えられ、事故の全体を見つめて問題を洗い出し、改善すべきことを提言する、その様な対応です。

日本ではこの様な重大な事故に対しては、マスコミやジャーナリズムの追求や検証はとても厳しく、この事故が運転士個人の問題であるという様な決着には、誰もが納得しないと思います。
また、事故の原因究明に対しても第三者的な組織が結成され、客観的・科学的に検証が行われます。

報導者のレポート

台湾にも、刹那的な報道のあり方に疑問を感じ、長期的に取材を重ねる報道メディアがあります。中国語で「報道者」、英語では"The Reporter"という名前の組織です。
この会社は、企業からの広告を取らず、読者からの協賛費用を募る形で運営をしています。そのため、この様な社会的問題については、長期的、徹底的な取材を行い、それをHP上で公開しています。

この「報道者」がプユマ号事件に対してどの様に報道しているのかを以下に紹介します。

プユマ号を導入しても旅客量は増えていない

台北から花蓮や台東に行くのは、今でもとても切符を取りにくい状態です。台湾東部の観光を振興させるためにも、鉄道による輸送量の改善は大きな課題なのですが、その課題はプユマ号を導入したことでほとんど改善されていない。
花蓮や台東の人達は今でも台北から地元に帰る鉄道路線を使おうとしても、なかなか切符を買えない。そのことを具体的な数字を示して分析しています。

この路線に高速列車を走らせるのは間違い

そもそも台湾鉄道は、東海岸路線の旅客量を増やすためには、線路の複線化を構想していたそうです。そうすれば、鈍行列車と快速列車を並走させることができる。それと、路線の直線化、この2つの課題を克服すること。それで輸送量の増加と高速化を図る。これが台湾鉄道が元々考えていた、東海岸路線の改善案だったそうです。
それが、いつの間にか大量輸送のための複線化、直線化工事から、高速車両を購入することになってしまった。その様な経緯があるそうです。

ですので、このプユマ号の購入自体が間違っている。東海岸路線に高速鉄道を無理やり走らせても、何ら乗客数を増やすことに貢献していないという結果は、それが理由だという論調です。
これは、高速のスポーツカーを買ったはいいが、それを走らせるサーキットがない。グネグネした田舎の狭い道しかなければ、この車のメリットは発揮できない。その様な印象です。
そんな中、高速列車の速度を出すために無理やりダイヤを組んでも実効性がない。その様な構造的な問題になっているのだと。僕は、その様に読み解いています。

何故、東幹線に高速列車を走らせることになったのか?

この"報道者"の記事はその様な見解を示すところで終わっています。しかし、この様な意見は事件直後から上がっていました。そして、実のところもっと踏み込んだところまでその議論を進めていました。それは、鉄道会社に対する政治家の関与です。

台湾鉄道の当初の構想、路線の複線化と直線化はとても現実的で、効果のある施策方針であったとみられています。しかし、これには時間がかかります。線路の幅を全て倍に拡幅して、旧カーブの箇所を一つ一つ直線的に改修していくわけですから、西側の主幹線で行われている、高架化や地下化よりも難易度が高い。東海岸の土地は海岸の付近でとても急峻な崖になっているところも多く、土地の処理がとても大変です。

その大変さから、ある時期高速列車を走らせることにより乗客数を増やそうという議論にすり替えられてしまったそうです。その裏には、もちろんこの車両を売り込もうとしていた日本の鉄道車両製作会社日本車輌とその取り扱い商社、住友商事の意向が働いていたのでしょう。
台湾鉄道は当初からの正論を堅持し、高速鉄道を使っても事態の改善は限定的であると反対をし続けました。しかし、その様な意見を述べる人物は、だんだんと現場から離されていき、最終的には高速鉄道を購入することになった。その経緯が詳しく説明されていました。

僕は当時、その様な議論が進めば、この鉄道会社の意向を受けた日本の商社、そしてそれを受けて台湾鉄道に圧力をかけた台湾の政治家にも、話の矛先が向くのではないかと思っていました。日本でロッキード事件により、田中角栄が失脚に追い込まれた様に。
しかし、事態はその様には進みませんでした。"報道者"の記事では、プユマ号事件の原因には触れていますが、その背景にある政治家の責任問題には触れていません。これは、台湾のマスコミでは踏み込むことのできない領域なのかもしれないと考えています。

プユマ号事件の原因が、日本車輌による車両の売り込みと、それを台湾側で斡旋した政治家の責任であるとなると、大きな日台間の外交政治問題に発展してしまいます。これは現在の民進党政権の、西側諸国に歩調を合わせて、安全保障政策と経済協力を進めていく方針に対して、大きなマイナスの影響を及ぼすことになってしまう。
その様な大局的な見地から、報道管制が敷かれているのではないか。僕はその様に考えています。

Wikipediaの説明によると、プユマ号の列車が購入され始めたのは、2012年のことだそうです。
この時期に中華民国の総統を務めていたのは、馬英九。任期は2008年5月から、2016年5月まで。台湾側でプユマ号の購入を政治的に判断できたのは、この当時の国民党政権であったろうと考えられます。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?