【サイバー小噺】演目「チップが怖い、紙好き男」
テケテンテケテンテケテン……(SE)
えー。この世の中には「十人十色」の言葉の通り、色んな人がおりまして。
ある奴ぁ「金や名誉よりも『背丈』が欲しい」なんて言い出すし、「君さえいれば僕は幸せだ」なんて、歯が浮いっちまいそうな浪漫チックな言葉を、平気の平左で言えちゃう奴もいる。
大体、アタクシに言わせてもらえりゃあ、「本当の」幸せとか自信なんてものはね。最初っから、ありゃしないんだよ。
そんなの探したって、御隠居の座布団の下にだってありゃしない。
何です? 「私は今、不幸で自信もない」ですって?
そりゃ大変だ。
取り敢えず「幸せ屋」と「自信屋」に、すぐ行かねぇとだ。
昨今のご時世じゃあ、頭の後ろ。そうそう、そこの部分の穴に「チップ」って奴を差せば、「幸せ」にも「自信家」にもなれる時代ですからね。
おっと! 差し込む向きには、気を付けなさった方がいい。
若衆たちゃ、鏡も使わず「サクッ」ってなもんで差せるらしいけどね。
アタクシのような年寄りになると、随分と昔にあった……そうそうUSB!
(どっ。会場の笑い声)
そのUSBって奴を差し込む時に、最初は必ず「逆向き」に差しちまう。
「こいつぁいけねえ」ってんで、向きを変えて差し直しても入りゃしない。
結局、四苦八苦の末に入った時にゃあ、最初の方が正しかったんだか、最初は間違えてたんだかも忘れちまうって寸法でね。
いやあ、歳は取りたくないもんだよ。
あ、そうそう。
あるところに、「アマノ」って男がおりましてね。
コイツがまあ、四角四面で融通が利かない。
陰じゃ、「生真面目アマノ」なんて呼ばれたりしてるんだよ。
周りじゃあ、やれ「英語」だ「女の口説き方」だ「駄洒落」だなんてチップを差し込んで、若衆は人生を謳歌してるってのにねえ。
「頭の後ろにチップ一つ」ってのが、「粋」ってもんだ。
昔みたいに「USBハブ」なんてもなぁ、ありゃしない。
(どっ。会場、大爆笑)
そりゃそうだ、人間様は機械じゃない。
今じゃ、背中にズラっとチップを差そうとジャックを付けてみた、不埒な若衆が跋扈する。
「お前さんはシマウマなのかい? そんなに背中に立派な鬣(たてがみ)を生やしちまって」なんて言われたって、野暮天なんだからしょうがない。
そんな世の中だってぇのに、アマノって奴ぁチップを使わない。
そもそも、手術を受けてない。
(どっ。会場の笑い声)
長屋の中じゃあ一番の、齢(よわい)を重ねた爺さんでも付けている。
それでも頑固なアマノの奴は、意地でもジャックを付けやしない。
歯医者に行く子じゃあるまいに「手術を受けるならば、俺を倒してから付けろ」ってなもんで、英雄気取りだ。
一番心配したのは、そりゃ御両親だよ。
このままじゃあ、まともな仕事にも有りつけりゃしない。
「後生だから、手術を受けておくれ」なんて言葉にも、耳を貸さなきゃ問答もしない。
「英語を知りたきゃ勉強する」とか「法律知りたきゃ『六法全書』を読む」などと言って、のらりくらりと言い逃れちまう。
街の西側、端っこに。あるのは寂びれた「古本屋」。
(どっ。会場の笑い声)
そこに、アマノは通い詰め。
ボロの紙切れみたいな本を、見れば両手にパンパンの風呂敷包みを小脇に抱えて帰るってんだからぁ筋金入りだ。
そこで、両親困り果て。
毎日々々、神社に行っては「息子が手術を受けてくれる」よう願った、って塩梅でして。
そうして祈って、何年も。
五年経っても、御利益なんてありゃしない。
「もう『神頼み』はやめよう」ってんでね、街で一番の知恵者に相談に行ったってぇ訳さ。
「息子が。本頼み、いや『ペーパー頼み』で困ってる」ときたもんだ。
(どっ。会場の笑い声)
そりゃあ神様だって、叶えられる願いと叶えられない願いってのがあるってのが当たり前。
神さんにしたって、「お前らの『神頼み』を直してから来い」って言いたくもなるのも自明の理。
神さんだって、仏じゃあない。
そこで知恵者、一計案じた。
「あたしが読んでるこの本を、あなたの息子に読ませてみなさい」
そう言って、渡した本が「ヴォイニッチ手稿」。
(どっ。会場の笑い声)
こいつぁ、とっくのとうの昔々に「文字まで含めて全部で絵本」。そんなこたぁ百も承知の小中高一貫教育ってなもんで、チップを付けてりゃ当たり前の話。
生半可。文法が有りそうに見えちゃうってんだから、シャンポリオンもビックリだ。
さっそく帰った御両親。息子に「ヴォイニッチ手稿」手渡して、「これが読めないなら手術を受けておくれ」なんて懇願した。
アマノは生来、頑固者。意地にもなって「ヴォイニッチ手稿」を解読しようと試みたって寸法さ。
ところがどっこい、そう簡単にゃ読めやしない。
アマノが逆立ちしてみせたって、「ヴォイニッチ手稿」は読めやしない。
(どっ。会場の笑い声)
文法は、欧州の「それ」に違いねえ。
でも「奇天烈な植物」と「人間様が書かれた部分」を読んで、なんとか法則性を見出そうとしても見つかりゃしない。
そいつはそうだと至極納得。そいつは、ただの絵本だからだよ。
(どっ。会場の笑い声)
半年が過ぎ、一年が過ぎて。
アマノは、親に白旗揚げた。
流石は街で一番の、知恵者の名は伊達じゃない。
感心しきりの御両親。
息子の手術当日に、律義にお礼に行ったのさ。
かくかくしかじか云々、と。
今までのことを説明したら、知恵者が血色を変えるのも、そりゃ道理。
「ヴォイニッチ手稿を読み解けるチップ」をアマノが付けちまったら、取り返しがつかないことになる。
(どっ。会場、大爆笑)
そいつに気付いてみせたる知恵者。
やっぱり随分、頭が回る。
まぁま、皆さま御安心。
幸い手術にゃ、間に合った。
まるまるくまくま云々と、知恵者が「ヴォイニッチ手稿」の真実明かして大団円。御両親は、ホッと胸を撫で下ろしたってもんで。
とことがどっこい、そうは問屋が卸さない。
アマノは、頑として手術を受けたがる。
え? どうしてかって?
知恵者が止めるのは、「ヴォイニッチ手稿」を読めるのは自分だけで十分。独り占めするつもりだ!」って思ったってぇんだから、チップの有る無い以前に頑固者ってところは一貫してるわ突貫してるわ。
そこから先は、押し問答。家族同士の押し合いへし合い。
そもそも、話があべこべだ。
ジャックを付けたくないアマノに、親と知恵者が付けようってんだから意味不明で意図皆無。
結局。アマノに押し切られたまま、チップを差し込むジャックを付ける。
手術は始まり、手が出せぬ。
そこで知恵者ぁ考えた。手術の後に、如何に「アマノが、どうすれば『ヴォイニッチ手稿』の解読を諦めてくれるか?」ってね。
流石は知恵者、ピンときた。
なんの、こたぁない。
「普通のチップ」を装着すれば、「ヴォイニッチ手稿」は偽物だってすぐ分かる、って寸法だ。
手術が終わった狭ぁい病室、知恵者アマノに駆け寄って。
チップを渡して、こう言った。
「これさえ付けりゃあ、私の言ってる言葉の意味が一切合切、理解できるはずだ!」
ところがアマノは頷かない。
梃子でもアマノは頷かない。
「この知恵者は、違う知識を自分に植え付け『ヴォイニッチ手稿』を独り占めする気だ!」なんて、どこまでひねくり曲がっちまったんだろうねえ?
東京タワーにある、歪んだ鏡も真っ青だ。
「チップを付けろ!」
「嫌だ!」
「チップを付けろ!」
「嫌だ!」
延々続くと思ったけれど、限りがあるのは世の習い。
えいやと構えた知恵者が、チップを持ってアマノに迫る。
なんのと、アマノは押し返す。
力負けしそうになったアマノ、「ええい、ままよ」とジャックを壊した。
元の木阿弥、南無阿弥陀仏。
これが本当の「アマノジャック」ってね。
――「天邪鬼」ってね。
おっと。
ちょうど時間と、相成りました。
お次の機会に、お会いしましょう。
ワタクシも、足が痺れた頃合いでしてね。
あ。くれぐれも皆さん、ジャックを壊しちゃいけませんよ?
「『御足(おあし)』が痺れるような思いは、ワタクシ一人で充分だ」
おあとがよろしいようで――。
テケテンテケテンテケテン……(SE)
【閉幕】
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